米軍・基地

2015年5月31日 (日)

限界なき日米軍事協力へ―新ガイドラインの相貌

恥ずべきタイミング
 2015年4月27日、ニューヨークにおいて日米の防衛、外交のトップによる日米安全保障協議委員会(いわゆるツー・プラス・ツー)が開催され、そこにおいて新しい「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」が合意、公表された。日本から岸田文雄外相と中谷元防衛相、米国からジョン・ケリー国務長官とアシュトン・カーター国防長官が参加した。今回の「指針」改訂は、背後にある米国の軍事戦力とともに、日本国内で同時進行している安保法制の大転換との関係において捉えなければならない。それが本稿の中心テーマとなる。
4月27日のニューヨークは、5年ごとに開催される核不拡散条約(NPT)の再検討会議の開会日であった。ほとんどの国連加盟国が参加するこの会議に対して、各国は重大な関心をもって取り組もうとしていた。核軍縮について一定の前進があった2010年再検討会議の合意が守られていないと多くの国が考え、NPTの信頼性が揺らいでいた。広島・長崎を経験しながら米国の核の傘の下にある被爆国日本も、最強の核武装国であり最大の影響力をもつ米国も、この会議において特別の位置を占めており、その責任が問われる立場にあった。岸田外相もケリー国務長官も、同じ日に会議の冒頭演説を行うためにニューヨークにいた。
 この場面で、発表された新ガイドラインは臆面も無く「米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」と冒頭で核抑止力重視の方針を確認した。共同政策文書の「切れ目のない」(これはガイドラインを貫いているキーワードの一つである)性格を考えると、タイミングとして適切でなくてもこのような文言が登場することはあり得ることかも知れない。ところが、政策的文書とは性格が異なる政治的メッセージを出すことが可能な、その日の閣僚共同声明においてもまた、核軍縮への配慮の片鱗も示されることがなかった。「核及び通常戦力を含むあらゆる種類の米国の軍事力による、日本の防衛に対する米国のゆるぎないコミットメントがこの取組の中心にある。日本は、この地域における米国の関与を高く評価する」と、共同声明は「ゆるぎない」核兵器への依存の継続を表明した。
 同じ日に、広島出身であることを強調した岸田外務大臣のNPT会議での演説を聴くことは耐えがたいほど苦しい。「広島出身の外務大臣として、被爆者の願いを自分の心にしっかりと留めています。そして、この再検討会議において私は核兵器のない世界に向けて進展を勝ち取る決意です。」
 核軍縮への決意を表明する同じ口で、核兵器の「ゆるぎない」必要性を語るという、ここに露出された現実を、私たちは日本が世界に示している姿として、しっかりと見据える必要がある。この二重人格の溝を埋めるためであろうか、日米両政府は、その翌日「NPTに関する日米共同声明」という異例の声明を発した。しかし、声明には新しい提案は何一つなく、ガイドラインと核軍縮の溝を埋めるメッセージは含まれなかった。実際には、ガイドライン改訂が示す日本の政策は、NPTで課せられている日本の義務を果たすことをいっそう困難にするものであろう。

ガイドライン改訂の歴史
 周知のように、「日米防衛協力のためのガイドライン」改訂は2度目となる。最初のガイドラインは1978年11月に合意された(以下「78年指針」)。それが19年後の1997年9月に改訂された(以下「97年指針」)。したがって今回の改訂による「新指針」は18年ぶりのものである。
 もともと日米防衛協力ガイドラインの策定は、日米安保体制下における日本の軍事的役割分担を明確にする意図をもって始められた。最初の「78年指針」の出自は、ベトナム戦争後を律した米国のニクソン・ドクトリン(一九六九年)に遡ることができる。ベトナム戦争で疲弊した米国が経済的及び軍事的負担の軽減を図るために、同盟国は自国防衛の第一義的負担を負うという原則を立てたのである。もちろん、核攻撃を含め大規模攻撃に対しては米軍の保護下にあることを強調し、盟主の地位を確保しての話である。米国はニクソン・ドクトリンのもと、日本に対しては関東計画(1973年)による在日米軍基地の整理統合や空母ミッドウェーの横須賀母港(1973年)などを行いつつ、78年に2つの制度的な合意を勝ち取った。①地位協定に反するにも拘わらず日本が米軍駐留経費の一部を負担するいわゆる「思いやり予算」、②日本の軍事的分担を明確にするための「防衛協力ガイドライン」である。ここには米国から見た二つの目的がはっきりと表れている。「在日米軍基地の安定的確保」と「自衛隊の役割の強化」である。
 このような経過の中で合意された「78年指針」の内容を要約すると次のようなものであった。この指針の主たる関心事は日本が武力攻撃を受けたときの共同対処にあった。そして、「共同作戦計画の研究」に取り掛かること、武力攻撃のおそれがある段階における準備を日米が整合性をもって行うため「共通の基準」を定めること、実際に武力攻撃が発生したとき、「自衛隊は日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦」を行い、米軍はそれを支援するとともに「自衛隊の能力の及ばない機能を補完するために作戦」を実施するという、軍事的役割分担を行うこと、自衛隊と米軍はそれぞれの指揮系統で行動するがあらかじめ調整の手続きを定めておくこと、を確認した。一口で言えば「自衛隊は盾、米軍は槍」の役割分担を明記するための指針であった。
 「78年指針」のもとにおける日米安保体制は、1990年代になって、冷戦の終結という大きな歴史の流れの中で変更を迫られる運命にあった。米国は冷戦期に膨れ上がった米軍の兵力削減と湾岸戦争(1991年)後の大型地域戦争に対処するための戦略転換という大きな課題に直面した。その結果、米軍は、インド洋、アラビア海、ペルシャ湾への展開を睨み、冷戦期にヨーロッパに偏重した世界態勢を「ヨーロッパ10万人、アジア太平洋10万人」へと転換を図ることになった。

安保「再定義」と「97年指針」
 その変化は、日米安保関係においては「安保再定義」という形で現れた。クリントン政権におけるペリー国防長官の下で国防次官補を務めたジョセフ・ナイが起草した「東アジア・太平洋地域における米国の安全保障戦略」(いわゆる「ナイ報告」)(1995年2月)は、そのような背景において出された。翌3月には、「ナイ報告」に沿いながら国防総省が議会に対して「日米安保関係報告書」を提出した。
 ナイ報告は「日米関係ほど重要な二国間関係はない。それは米国の太平洋における安全保障政策のみならず、世界戦略の目的の土台となるものである」と述べる一方で、「アジア太平洋地域は、今世紀において現在ほど平穏な時代はなかった」という状況認識を述べた。「日米安保関係報告書」も、そのような認識を共有した上で、米軍基地の重要性を強調した。「日本国内の陸・海・空軍および海兵隊基地は、アジア太平洋における米国防衛の最前線を支えている。これらの軍隊は、遠くペルシャ湾にまで至る広大な範囲の局地的、地域的、さらには超地域的な緊急事態に備えている。太平洋やインド洋を横切りに必要な長距離を考慮に入れると、地域的緊急事態への対処のために編成される、より小規模で小回りの利く部隊の必要性を強調する米国の政策は、在日米軍基地の地理的重要性を、今後さらに増大させることになろう。」
 このように、日米安保「再定義」とは、さし迫った周辺脅威がない状況下において、日米安保体制をグローバルな視野をもって協力する同盟関係へと転換するための「再定義」であった。同じ1995年4月に書かれた日本の防衛庁(当時)文書もほぼ同じ認識を述べている。
 この段階では日米防衛協力ガイドラインの見直しは、日米間の課題として浮上していなかった。グローバル安保への転換を「ガイドライン」のような政策文書に書き込むのは、困難であり時期尚早であっただろう。米軍のグローバル展開自体は、日米安保条約に違反するにもかかわらずすでに既成事実化しており、日本政府は在日米軍基地をそのような目的に使用することを認めていた。この上に自衛隊の協力体制を書き込むには手順を踏んだ積み上げが必要であった。とりわけ当時の日本では、細川護煕、羽田孜、村山富市内閣と続く非自民の政治が続いていた。
 1995年11月頃から数か月の間に方針転換が起こった。96年4月、橋本・クリントン首脳会談における「日米安保共同宣言――21世紀に向けての同盟」が、「1978年の『日米防衛協力のための指針』の見直しを開始する」と突然に発表した。この内容は前年11月に予定されたが実現しなかった村山・クリントン会談の宣言草稿には含まれていなかった内容である。見直しの目的について、宣言は「日本周辺地域において発生しうる事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合における日米間の協力に関する研究をはじめ、日米間の政策調整を促進する必要性」と述べている。
 「日本周辺に差し迫った脅威がない」という認識がひっくり返され、周辺事態への対処を念頭においた軍事協力の必要性という主張が急浮上した。この転換は普天間基地の移設・返還を目玉とする「沖縄基地に関する特別行動委員会(SACO)」の中間報告と、事実上セットで公表された。
 本稿の中心テーマから外れるので、詳述は避けるが、この転換の背後には、沖縄基地問題が深く関わっていた。当時、大田昌秀県政による基地撤去のための米国への「直訴」が実り、米国内で沖縄基地問題は政治問題化していた。上述した95年3月の「日米安保関係報告書」は、前年の議会公聴会などの結果として、米議会が最初は沖縄基地に絞った報告書を求め、最終的に日米安保関係全体の報告書を国防総省に求めたことによって作成されたものである。上述したように在日米軍基地のグローバルな役割が強調されている。
 ところが、95年9月に起こった米海兵隊員による少女レイプ事件が引き金となって、沖縄での基地反対世論は沸騰し、米軍基地の維持そのものが危うい政治状況が出現した。グローバル安保への安保再定義どころではなく、日本防衛のために米軍基地が不可欠であることの再確認が緊急課題となる状況が出来したのである。そこで持ち出されたのが、朝鮮半島の94年危機である。94年6月、北朝鮮の核計画を潰すために米国は武力行使寸前まで選択肢をエスカレートさせていた。カーター元大統領の訪朝によってかろうじて危機は回避された。米国は、周辺事態の好例としてこの状況を見たかもしれないが、実際には危機は米国が武力行使を選択するか否かの問題であった。
 このようにして、ガイドライン改訂作業が始まり、「97年指針」は周辺事態における防衛協力をクローズアップさせた。しかし一方で「周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したもの」という意味不明の言辞を弄して本来のグローバル安保に近づくという、苦肉の策の産物となった。日本では、2年後の1999年5月にいわゆる「周辺事態法」が成立した。

「新指針」は日米合作の賭け
 今回のガイドライン改訂の方針は、2013年10月3日に発表された日米のツー・プラス・ツー閣僚共同声明「より力強い同盟とより大きな共同の責任」によって打ち出され、日米防衛協力小委員会に改訂作業が命じられた。小委員会は2014年10月8日に中間報告を発表し、冒頭に書いたように15年4月27日に最終合意された。
 この改訂の本質は何か。
 97年の改訂と違って、今回の改訂は米国と日本の両政府の意向が強く働いた合作であるという点に、その本質が宿っている。改訂交渉は3年にまたがったが、その間に出された3回の閣僚共同宣言のすべてにおいて、改訂に対する両国それぞれの位置づけが繰り返し述べられている。
 改訂を打ち出した2013年の共同宣言において、米国は「アジア太平洋地域に対してリバランス(再均衡化)を実行しており、米国は、将来のグローバル及び地域的な安全保障問題について日米同盟が対処できるような軍事能力を強化する意図をもっている。それには宇宙空間やサイバー空間といった新しい戦略的ドメイン(領域)での軍事能力を含む」と述べた。一方日本は、国家安全保障会議の設置、国家安全保障戦略の策定、集団的自衛権の行使に関する事項を含む安保法制の再検討、防衛予算の増額、防衛計画大綱の見直し、日本の領域防衛の強化、はては東南アジア諸国の能力構築といった地域支援など安倍政権の意図を列記しつつ「日米同盟の枠組みにおける日本の役割を拡大するため、米国との緊密な調整を継続する」と述べた。
 中間発表の2か月後における短い共同声明(2014年12月19日)においては「米国のアジア太平洋へのリバランス及び日本の国際協調主義に基づく『積極的平和主義』政策は、ともに平和で繁栄するアジア太平洋地域を確かなものにするための日米同盟の努力に貢献する」と述べ、両国の安保政策とガイドライン改訂作業との関係を簡潔に要約した。
 そしてさらに、改訂発表時における共同声明は、日米両国の政策を繰り返し述べるのに加えて両国が相手の政策を支持していることを述べた。すなわち、米政策については「2015年の米国国家安全保障戦略に明記されているとおり、米国はアジア太平洋地域へのリバランスを積極的に実施している。…日本はこの地域における米国の関与を高く評価する」と書き、日本の政策については「日本が国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の政策を継続している中において、米国は最近の重要な成果を歓迎し支持する」と書いた。日本が米国のリバランス政策を支持していることを書きこむことによって、オバマ政権は日本がリバランスにおける米国の負担要求を受け入れているという米国内懐疑派へのメッセージを出し、一方日本は安倍政権の「積極的平和主義」の名における急速な戦後平和政策の改変を米国も支持しているという、日本国内向けのお墨付きを顕示する、という構図である。
 ここに表れている日米がお互いに相手を利用しようとする思惑には、同床異夢の側面があり、将来的リスクを内包している。

米国「アジア太平洋リバランス」の深層
 日本の政治との関係については、新指針の内容とともに次節で論じるとして、ここでは米国の「リバランス」戦略の狙いと実態について掘り下げたい。
アジア太平洋に米国の安保政策の重点を移す戦略は、前述したようにクリントン政権の冷戦後の大型地域戦争対処戦略や、その下にあった安保再定義においてすでに打ち出され、実行されてきた。しかし、2011年の9・11直後に出されたブッシュ政権による「4年毎の国防見直し(QDR)」は、なお冷戦期の軍事体制を引きずっているとして「西ヨーロッパと北東アジアに集中した海外プレゼンスの態勢は、新しい戦略的環境では適切ではない」と述べ、大胆な「グローバル態勢見直し(GPR)」に取り組むことになった。そこで打ち出されたのが「ハスの葉戦略」とニックネームされる態勢である。海外配備されたいかなる米軍部隊も配備地の地域に属する部隊ではなく、そこをジャンプ台として、予測のつかない紛争地に派遣される世界展開部隊である、ちょうどカエルがハスの葉を飛び移って移動するように、というのがこの戦略概念であった。在韓米軍、在欧米軍が大幅に削減されて米本土に返され、そこから対テロ戦争に派遣される部隊となった。
 しかし、イラク、アフガン、中東と対テロ戦争が長引くなかで、米軍の世界展開の新態勢は描いたように巧くは進んでいない。そんな中で、地域概念を超えようとしたブッシュGPRの後に、オバマ政権がもう一度地域の重点概念を復活させたのであるから、「リバランス(再均衡化)」という命名の意味は理解できる。しかし、なぜ「アジア太平洋」なのか、と問うと、さらに考察を深める必要がある。対「中国」という説明だけでは不十分であろう。
 昨年(2014年)5月にアジア太平洋リバランスを担当する米国防副長官となったロバート(ボブ)・O・ワークは、8月に日本を訪れ武田良太防衛副大臣(当時)との共同記者会見に臨んだ。そこで副長官は本論ですでに紹介したような米軍のリバランスとガイドライン改訂の関係について力説した。そして、厚木から岩国への空母艦載機の移転、沖縄辺野古における普天間代替施設の建設などの基地再編計画や新しい戦力配備などの具体例をリバランスの姿として掲げるとともに、日本の武器輸出に関する政策転換や特定秘密保護法の制定を賞賛し、これらによって米国のみならずオーストラリアとの軍需産業協力が前進すると述べた。これらの情報の中にもリバランスとは何かに関する手掛かりが含まれてはいるが、ほぼ2か月後の9月30日、彼はワシントンDCの外交問題評議会(CFR)において、アジア太平洋リバランスの背後にあるより本質的な問題を語った。リバランス担当副長官としての日本、韓国を含むアジア歴訪を報告するスピーチである。
 ワーク副長官によると、長引く対テロ戦争の中で米軍内部の歪は耐えがたいほどに強まっている。もっとも大きな現象的な歪は派兵テンポが激しすぎて日進月歩する軍事技術に習熟した戦闘員を戦地に送ることがますます出来なくなっている。そこへもってきて、米国防総省は強制的削減を伴う国防予算の未曾有の困難に突き当たっている。
 彼は、「このリバランスは本当に本当か?」と自問し、その答えを「我々が行おうとしている『グローバルな態勢』の転換という、より広い文脈から切り離して考えることはできない」と述べた。彼は、米国を世界で唯一のグローバル・パワーたらしめているものは、米国が国益を守るためには地球上のいかなる場所と時間においても決定的な軍事能力を展開できるからだとした上で、「グローバルな態勢」とは、緊急時に短い時間で反応できるように、戦力を計画的に地球上に配置することであると定義した。そして今日、米国は縮小した兵力と削減された予算でこれを行う態勢変革のために創意と工夫を凝らす必要に迫られていると強調した。
 ワーク副長官によると、米軍が関心と戦力をアジア太平洋にリバランスすることは、今日の優先事項の一つに過ぎない。多くの人がアジア太平洋重視のみを言うがそうではなく、ヨーロッパと中東の安定、中東とアフリカの過激派など五つの優先事項の一つに過ぎない。真の問題はアジア太平洋を重視しながら、すべての優先事項を満たす世界的な兵力態勢をいかに整えるかが課題である。
 その文脈で、彼は12年以上戦争が続くことによって、海外にいる兵力と米国内にあって訓練され次の戦争に待機する兵力とのバランスが極度に悪化していることを強調した。派兵に次ぐ派兵で待機兵力は近代化されず練度が毎年毎年落ちている。「このような財政難のなかで、現在のような(派兵が)ハイテンポの軍隊を維持することは、単純に、もはや続かない。疑問の余地はない。我々は将来の実に多様な紛争の緊急事態に、まともな準備が出来なくなっている。」
 新ガイドラインを律している米国の「アジア太平洋リバランス」の本質は、このような背景において理解されなければならない。米国は「新指針」による日米軍事協力によって、「グローバルな態勢」の改善を追求しているのである。「新指針」はそれに貢献する。具体的な中身は、日本政治と合わせて次節に述べたい。

安保法制の先取り
 安倍内閣が突き進めている戦後平和政策からの脱却、とりわけ「日本の軍事力の海外展開」を目指す諸政策は米国のリバランス政策にとって渡りに船であった。米国はそれらを活用するに当たってそれが法的に担保されて実行されることについて言質を要求した。中間報告後の閣僚共同声明(2014年12月19日)は次のように明記している。
 「指針改訂と日本の法制化プロセスとの整合性を確保することの重要性を認識し、また改訂された指針がゆるぎない内容になることを確保することの重要性を再確認し、両国の閣僚は、日本における法制化のプロセスの進展を考慮しつつ、来年の前半中の指針改訂の完了を目指して作業するため、議論をさらに深めることを決定した。」
 実際には、指針改訂は、法制案が国会にかかる以前にその内容を既定路線として書き込んで合意、発表された。安倍首相の訪米スケジュールが優先され、立法府を無視する暴挙が行われたのである。安倍首相が米議会上下両院合同会議における演説(米東部時間、4月29日)において、安保法制の成立を「この夏までに必ず実行します」と約束したことはもちろん問題であるが、国会において否定や修正をされる可能性を無視して国際関係を進めた暴挙は、より一層深刻なファッショ政治である。
 このようにして改訂された「新指針」の主要な内容を以下に列記する。
◆グローバルな日米軍事協力
 指針の目的について「97年指針」は、「日本に対する武力攻撃及び周辺事態に際してより効果的かつ信頼性のある日米協力」と述べ、軍事協力の想定範囲は周辺事態までとした。それに対して、新指針は「いかなる状況においても日本の平和及び安定を確保するため、また、アジア太平洋地域及びこれを越えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなるよう」と述べ、協力の地理的範囲は事実上無制限となり、「日米同盟のグローバルな性質」を強調した。米軍から見ると、積み重なるグローバル展開の歪を緩和するために、自衛隊に分担を求め得るメニューが格段に増加した。
◆集団的自衛権に係る分野での協力
 「97年指針」ではタブーであった「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」が、堂々と協力分野として登場した。新指針は、米国のみならず他の第3国に対する武力攻撃において、日本が武力攻撃を受けるに至っていないときにも、日米軍事協力があることを書き込んだ。集団的自衛権に関する閣議決定(2014年7月)の文言があるとはいえ、法制化を経なければ実体が見えない分野である。にもかかわらず新指針は、「弾道ミサイルの迎撃」、「アセットの防護」としてミサイル防衛における米艦やその他の防護、地域限定のない機雷掃海や艦船防衛などの「海上作戦」、地域限定のない双方からの「後方支援」などを集団的自衛権の行使に属する分野の軍事協力として例示した。いずれも米軍が長く要請っしていた内容であり、米軍のリバランスに大きく貢献する。
◆島嶼防衛や奪回を明記した協力
 「97年指針」においても、着上陸侵攻に対する協力の在り方は記されていたが、新指針では「島嶼に対するものを含む陸上攻撃を阻止し排除するための作戦」「島嶼を奪回するための作戦」と島嶼を強調して明記した。自衛隊が主となる作戦であるが、米軍の支援が行われる。新指針には尖閣の名はないが、同時発表の日米共同声明に「尖閣諸島は日本の施政の下にある領域」と書いた。
◆3か国あるいは多国間協力
 国連PKOなど日米が独自に参加する場面における協力に関しては「97年指針」にも記されていたが、新指針では日米間の協力のみならず、米国以外のパートナーを含む軍事協力の分野が記載された。共同声明には「韓国及びオーストラリア並びに東南アジア諸国連合など」が例示されている。韓国とはミサイル防衛、オーストラリアとは南シナ海などを想定した広範な協力が考えられる。米軍はとりわけ日米豪の軍事協力の拡大が、リバランスに重要と考えている。
◆宇宙、サイバー空間などでの軍事協力
 米軍はこれら新しいドメインにおける協力を新指針の重要要素と主張してきた。
◆武器開発における協力
 新指針は軍事協力の中に武器の共同開発を含めた。協力分野の著しい拡大である。これを可能にした背景には、安倍政権の特定秘密保護法の制定、武器禁輸3原則から防衛装備移転原則への政策転換がある。米国はこれを経費削減と効率向上のため強く歓迎した。来日したワーク米国防副長官は米国のみならずオーストラリアとの協力を示唆した。最近、オーストラリアに対する潜水艦技術の供与が進んでいることが明らかになっている。

 論じてきたように、今回の日米防衛協力ガイドラインの改訂は米国と安倍政権の利害が一致する局面であった。しかし、米国の関心事は、弱体化している「唯一の軍事超大国」維持のための「グローバルな態勢」のリバランスであり、安倍政権のナショナリズムとの折り合いは基本的によくないと見るべきである。日本の私たちには、目の前の状況の悪化に対する抵抗と同時に、残された平和主義の空間から米国や世界の市民社会に働きかけ、米国とその帝国の変化を誘うような長期的なビジョンが求められている。

(『世界』、2015年7月号に所収)

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2011年4月21日 (木)

「ともだち作戦」への警戒

「政治的意図」に失敗
 どのような人命に関わる緊急事態であろうとも、それが戦争に加担するのでない限り、救助のために駆けつけたり、可能な支援に立ち上がることは尊いことであり、被災者にとって掛け替えのない救いである。その意味で、東北大地震・津波や福島原発の緊急事態に米軍が与えてくれた支援に心から感謝したい。

 しかし、「ともだち作戦」という命名には警戒心を持たざるを得ない。作戦の裏側に、政治的な意図が見えるからである。沖縄の海兵隊をめぐって日米同盟がぎくしゃくしている現実を打ち破って、米国の新しい外交防衛戦略に日本を巻き込んでゆく契機として「ともだち作戦」を利用しようとしている響きがこの名前には含まれている。日本の中にも、日米同盟の修復と新しい発展のために、この災害が転機になることを期待する人たちがいるのであろう。
 まず「ともだち作戦」という命名は、その名にふさわしい場面を創出できるだろうか。一人ひとりの米兵が軍服を脱いで被災者と交流することがどれほどあるだろうか。今回のような厳しい条件下における作戦には、米軍やその装備がなくては出来ない貴重な貢献がさまざまあったであろうと想像できる。それは市民の「ともだち」と言うよりも特殊作戦コマンドとしての働きであり、「ともだち」になりうるのは自衛隊員だけであろう。一般市民との「ともだち作戦」が困難な状況にあえて「ともだち作戦」と命名したところに政治性が見えてしまう。日本の農漁村のコミュニティを理解する「知日派」がいるとしたら、このような命名はしなかったであろう。
 むしろ、自衛隊と米軍が、政治レベル、司令部レベル、部隊長レベルと、上から下まで情報を共有し、作戦を立案し、自衛隊と米軍が現場での役割分担と協力を円滑に行うという、2005年米軍再編合意以来の日米防衛協力と同じパターンの協力体制を強めることが、「ともだち作戦」の実際の中味にならざるを得ないであろうし、実際そうなっている。そこに主たる狙いがあったと考えられても仕方がない。
 1991年4月29日にベンガル湾を襲ったサイクロンでバングラデシュが壊滅的打撃を受けたときに米軍は「海からのエンゼル作戦」と命名して救援作戦を展開した。2004年12月26日のスマトラ沖地震と津波に対して、米太平洋軍は原子力空母アブラハム・リンカーンの派遣をはじめ13000人の兵員を送り込んで、インドネシア、タイ、スリランカの救援に当たったが、「(インドネシア、あるいは東南アジア)津波救援作戦」と素直に命名したに過ぎなかった。そのような例からも、今回の救援作戦を「ともだち作戦」と名付けたのは、現在の日米安保関係を意識した命名であることは間違いない。そして、それは日米関係の機微の本質をいまだに理解し得ていない米軍と「知日派」と、それを取り巻く日本の利害関係者の偏った意図を示していると、私には思われる。

「全政府的アプローチ」という位置づけ
 いま、米太平洋軍の公式ウェブサイトのトップには「友達」という漢字が大きく飾られている。在日米軍司令部の公式ウェブサイトには、そのために「統合支援軍(ジョイント・サポート・フォース)」が組織されたことが記されている。その司令官は在日米軍総司令官バートン・M・フィールド中将である。統合支援軍の使命は次のように記述されている。

 「太平洋軍は、在日米軍のスタッフを補うために統合任務部隊519(JTF519)のいくつかの要素を立ち上げ、統合支援軍を形成した。JTFの使命は、3月11日に日本の北部海岸を襲ったマグニチュード9.0の破壊的地震とそれに続く津波によって引きおこされた災害と闘う日本政府を支援することである。
 米軍は、この災害に対して日本政府と自衛隊を出来る限り支援することに重点を置いて2つのダイナミックな救援作戦に取り組む。2つの作戦とは、「ともだち作戦」の一部分としての人道支援と災害対策がその一つであり、要求があったときに状況対応への助力が出来るように福島原発に関係する事態を緊密に監視することがもう一つである。
 統合支援部隊の使命は、人道的助力を要請する日本政府を支援するための合衆国の「全政府的アプローチ」という、広義のアプローチの一部分をなす。この努力には、米国務省、米国際開発庁、エネルギー省、日本政府、自衛隊、及び米太平洋軍との調整が含まれる。」

 米国の新しい外交・防衛戦略として「全政府的アプローチ」がはやり言葉になっている(たとえば、ピースデポの『核兵器・核実験モニター』370号(2011年2月15日)1~3ページに背景説明がある)。「ともだち作戦」がそのような「全政府的アプローチ」の良質な部分――つまり、軍の役割を縮小し文民の役割を拡大する――をのばす機会になることは、残念ながら望めそうにない。何よりも、日本政府の中にそのような主体的意図が見えないからである。

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2010年1月31日 (日)

日米安保――議論の土俵を作り替えるとき

海兵隊は必要ない

 私は今から一〇年ほど前に、沖縄海兵隊の詳しい全貌を報告書にまとめたことがあります。当時はいわゆる少女暴行事件が起こり、アメリカ側を巻き込んで相当大きな議論が巻き起こった時期でした。あれから十数年が経過し、その中で沖縄海兵隊の役割がどれくらい変わったのかということを振り返ってみると、本質的な変化はなかったといえるのではないでしょうか。当時から私は、冷戦型の軍事展開は必要性を失い、地域紛争に対応する役割が強化されるであろうと予測していたのですが、小規模でより迅速に対応する特殊作戦部隊の展開という形で、その傾向は強まっています。中でも海兵隊はもともとそういった役割を担っていましたし、その特徴は今後さらに強化していくことが予想されます。そして、沖縄に配備する理由はますます少なくなっていくでしょう。
 実際に冷戦の後を振り返っても、沖縄に海兵隊がいることによって効果的に対応できた軍事的危機は一つとしてありませんでした。また現在の状況を見ても、今後にそのような危機が起きることは考えにくいわけです。冷戦後のそうした一貫した流れの中に、沖縄の海兵隊は置かれています。これをまず認識しなければいけません。
 それにもかかわらず、現在の普天間基地移設問題で起こっている議論は、十数年と全く同じパターンを繰り返しています。例えば、米軍による抑止を切り口とした議論や、石破元防衛相などが主張する即展開が可能な「殴りこみ部隊」の必要性というのは、ほとんどフィクションに近い机上の議論にすぎません。為にする議論としてはいつでもなり立つものですが、米軍の展開の実世界における必要性とは完全にかけ離れています。こうした議論からは在日米軍に対する新たな視点が生まれることはありえませんし、かつての議論と同じことを延々と繰り返すだけであることも、同時に認識するべきです。
 
新政権の役割
 
 しかしながら、民主党政権が成立し、日米安保が五〇年を迎えるという一つの節目に、議論の繰り返しではなく、少しはまともに日米同盟を捉えなおすべきだという機運が生まれてきています。私たちはこうした状況を正面から捉え、そこから現状をどう転換していくかという議論を、時間をかけてでも展開していくべきだと思っています。
 これも十数年前から変わっていませんが、アメリカが日米同盟という言葉を用いるときの本心は、グローバルに米軍を展開する際の前進基地を、安定的に、文句を言わずに使用させてくれる同盟関係を確保したいということです。二〇〇一年以降のいわゆるテロとの戦争の中で、アメリカはそうした基地の安定的運用を可能とする同盟関係をさらに必要としています。
 しかし一方では、日本の国際社会におけるプレゼンスは否応なく高くなっています。経済的な影響力は当然のことですが、平和憲法の枠組みがもつ制約は、日本の言わば「戦争嫌い」の属性として国際社会からも認識されています。しかも高度な技術力を持つにもかかわらず、トータルに見れば他の先進国とは違って民生中心に活用されている。こうした要素が日本の国際的な地位を高くユニークなものにしています。ですから今日では、日本の国際的な発言力をアメリカが押さえようとしても世界がよしとしないでしょう。しかし現状では、日本がグローバルなプレーヤーとして、軍事的にどのような役割を志向しているのかが、国際社会からは全く見えないわけです。
 ただ、民主党政権は基本的に米軍よりも国連を重視するスタンスでまとまっています。当然ながら党内でも未だ色々な議論があるわけですが、アメリカのグローバルな軍事的展開を支えることを重視した自民党政権よりは、国連の一員として自らを位置づけていると言えるでしょう。そして、日本が正面からこのスタンスをアメリカに言い続ける胆力があるならば、アメリカも覚悟を決めてグローバルな軍事的展開の方向を長期的に転換するところまで、方針の変更を迫られることになると思います。先ほども述べたようなアメリカと日本の立場を踏まえるならば、転換を嫌ってアメリカが既定路線のごり押しを続けられる関係ではもはやありません。
 ですから安保五〇年に際して、日本の安全保障分野におけるグローバルな役割のあり方を新たに表明し、主張し続けることが、何よりも必要なのです。これは別に喧嘩腰に主張する必要もありません。時間をかけて筋が通る議論を展開すれば、アメリカがこれまでの方程式を変えてゆくことは可能だと思います。
 
同盟の意味変換を
 
 平和憲法のもとに、戦後の日本は曲がりなりにも戦争嫌いな姿勢を示してきました。こうした蓄積を論理化して、場合によっては国連を持ち出しつつ、アメリカ離れをしていくことを図るチャンスがきているわけです。
 そういった論理の萌芽は民主党とその周辺にあります。しかし残念ながら、しっかりとしたかたちで展開できる状態にはないように見えます。多少の時間はかかっても、ここで踏みとどまって、考え方におけるアメリカとの持久戦を、国民に見えるように展開できるかどうか。それが我々に課せられた課題ではないでしょうか。
 例えば、日米同盟という言葉自体への徹底的なアレルギーが多くの人にはあります。それは、「同盟というのは軍事的用語であり、それが意味するのは相手のために血を流す関係である」という認識が、日米安保五〇年の歴史の中で形成されてきた結果です。
 しかし現在の国際的な政治過程では、旧来の同盟という関係のあり方は廃れてきています。同盟の意味を価値の共有にまで広げて捉えたり、パートナーという言葉に代えて使われたりしているわけです。気候変動や新型インフルエンザに代表されるような、地球的課題を効率的に解決していくためのパートナーという意味へと、同盟という言葉はときに横滑りしているとも言えるでしょう。そして、古い意味での「血を流す」同盟と、パートナーとしての新しい同盟が、意味の仕分けをされないまま、どちらへも転がるように議論がされているわけです。ですからここでも立ち止まって考えなおす必要があります。
 同盟という言葉に含まれている新しい意味をうまく使えば、旧来の軍事的な関係性という意味を薄めていくことができる。非常に注意して議論を進めなければいけませんが、そうした契機はあるのではないでしょうか。アメリカと日本が協力することで、双方に利益が生まれる国際的な課題は多くあります。それらを日米同盟の中心として強調することで、軍事的な同盟という意味合いを無化していくという戦略が可能なものになってきていると思います。
 そういった可能性も踏まえつつ、グローバルなガヴァナンスの中で日本が何をしたいのかを論理化するべきです。アメリカにとって日本と手を組むことで有益なのは軍事的側面ではなく、他の領域にあることを主張していく段階が来ているのではないでしょうか。
 
自衛隊の非軍事化
 
 冷戦後から今日に至るまで、自衛隊を海外展開に慣れさせ、グローバルな軍事戦略の一端へと組み入れるというアメリカの計画は継続して進行してきました。そのプロセスはPKOをはじめとする様々な名目を与えながら、自衛隊にロジスティックス(兵站支援)、そして戦闘後方支援を担当させてきたわけです。最後に残ったのは戦闘構成員の役割を担当させることへの壁ですが、それはこれまでの自民党政権でも越えることができませんでした。たとえ自民党政権が将来にわたって安定的に継続したとしても、越えられるかどうかは微妙だったでしょう。
 自衛隊の武力行使について日本国憲法は、たとえ国連の旗の下であってでも、はっきりと禁止しています。小沢一郎氏のように、「国連の決議による武力行使は国権の発動ではないから九条とは抵触しない」という解釈を持ち出したとしても、法的には認められるものではないでしょう。ですから自衛隊の「国際紛争を解決する手段としての武力行使」を認めさせたければ、憲法を変えなければならないのです。しかし、どのような言い訳をしたとしても、それは九条を維持することで形成されてきた日本の国際的な評価を下げることになります。したがって9条改正はやるべきではない。PKOの中で自衛隊、あるいは自衛隊に代わる組織が、戦闘行為ではない役割をどれだけ果たせるか。またその過程で国連をどれだけ変えていけるのか。こうしたことを試していくべきです。
 だたし、今の自衛隊がたとえばPKOのような文脈で行動する軍隊へと容易に転換されうるという議論にも懐疑的であるべきです。まず、自衛隊はアメリカ軍と共同で行動するために訓練され、装備を整えられた組織であり、単独で武力行使ができる軍隊には、今のままではならないということがあります。ですから、今の自衛隊がなし崩し的に普通の軍隊となる、といった議論も誤りだということは強調しておきたいと思います。また、思想や装備を全く違う形に転換して、より警察に近い軽武装組織に組み替えなければ、PKOのような文脈でも使い物になりまません。ですから、「自衛隊」という名前の変更も含め、国連の活動の中での役割を非軍事的なものと定め、戦闘部隊ではない形に改変していく方向を探るべきでしょう。
 
どこへ移すかではなく、必要か否か

 普天間基地移設に関して、鳩山政権は最終的な決定を下す期限を五月に設定しました。もちろん期限など作らなかった方がよかったのですが、設定したという前提の中でまず取り組むべきことは、日米安保条約の本来の成り立ちに返り、海兵隊が日本に常駐していることの長期的な理由はないことを率直に提示することです。そして、理由がないにもかかわらず黙認されてきた米軍基地から、当たり前のように駐留部隊がアフガンやイラクに派兵されている状況を、新政権は当たり前ではないと考えていることを表明するべきです。今までの自民党政権が容認してきたことであって、政権が交代すれば考え直されるのは当然であることをはっきりとさせる。これは、結果的に基地移転問題がどういった選択肢に落ち着くにしてもできることだし、すべきことです。またその論理を明らかにすれば、五月までという期限の中で、どこにどのようなかたちで基地を動かすかという問題の射程を超えて、より本質的に沖縄の基地問題を解決する道が拓かれることになるのではないでしょうか。
 本来の議論はどこにあるのかを明確にする。これが短期的な課題でもあり、現在もっとも必要とされていることだと思います。もちろん、基地が不必要であるという認識をアメリカが容認し、やがては共有できるようになるまでは時間がかかるでしょう。ですから、五月までに出せる解答は、今後取り組むべき大きな課題の前の暫定的なものに過ぎないことを踏まえたうえで、第一歩として、新しい基地建設を容認しないという主張を表明するべきであると思います。(談)(「現代思想」2010年2月号)

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2009年10月11日 (日)

《対談》梅林宏道・新崎盛暉(2009年2月16日、那覇市内)

日米「グアム移転協定」締結と沖縄の課題
―オバマ政権にどう対応するのか

浮上した「在沖米海兵隊グアム移転協定」
新崎 今日は、梅林さんの名護市での講演を受けて、お話をうかがいます。
 アメリカ・オバマ政権に我々はどう対応していくのか。日本政府はどこまで自主的・自立的にアメリカに物をいえる性格を持っているのか。あるいは国民世論の問題、そして、自公政権が末期的様相を呈する中、政権交代が起こったときの民主党を中心とする政権に何ができるのか、あるいは我々は何をそこに働きかけられるのか、などについて意見を交換したいと思います。
 沖縄の海兵隊をグアムに移転することに関する協定が問題となっています。これは「米軍再編協定」、米軍再編を条約化するものだと僕は思っています。この協定は、一月下旬になって突如浮上し報道されました。新聞記者さえも「昨年の九、一〇月ぐらいから動きがありそうだったが、なかなかその正体がつかめなかった」という。協定文もまだ発表されていないにもかかわらず、一月下旬に突如外務省が発表し、クリントン新国務長官が来日して協定を結ぶという話です。この協定に対して懐疑的な報道をしているのは沖縄の新聞だけで、朝日などを見ても疑問を差し挟む報道ではない。
 麻生政権が混迷し政治家が右往左往している一方で、外務官僚が、かつては守屋に代表される防衛官僚から主導権を奪うような形で、何か着々と積み上げてきてここで表に出したような感じがするのですが、その辺を梅林さんはどうご覧になっていますか。
梅林 グアムの話が出てきたときから、いずれ日本政府を縛る格好の協定を作るだろうと感じていました。そこには米議会が容易には金を出さないというアメリカの都合がすごくある。
 グアムの再焦点化は米国防総省の中では既成事実化している。沖縄からの移転というのはその一部であって、全体としては米軍再編という大枠の中でグアムの位置づけは一八〇度転換するぐらいの変化を計画しているのです。ところがアメリカからは簡単には金が出ない。グアム再拠点化計画を遂行するには、日本がそれを望み、日本からお金が出るということがはっきりしないと難しい。日本が金を出すことを説得材料にして、米議会から少しでも金を充当させて完成させる、という道筋しかないという感じがあります。
 アメリカにも先が見えていない。日本で政権が変わるとどうなるかわからない、口約束になっていることについての異論もたくさん出ている。そこを固めるために、条約的拘束力を持たせることが、アメリカの都合として非常に必要なことであった。
新崎 これはアメリカ主導で、外務官僚などに水面下の働きかけが以前からずっとあって、それを受けて、おもてへの出方は日本の外務省が作って表面化しクリントンと署名するという形をとっているが、背後にはアメリカの必要性があって、それに対応する形で外務官僚が用意していった、と。沖縄では「在沖海兵隊のグアム移転」と限定した言い方をされていますが、米軍としては、あるいはアメリカ政府総体としては、グアムを日本や韓国、沖縄と同じようにしようということですね。
梅林 「メイン・オペレーティング・ベース」ですね。
新崎 その主要作戦基地に格上げするために必要な金を日本政府に出させる。その一つの口実として、アメリカでも日本でも使われているのが「沖縄の負担軽減」。
梅林 その通りです。
新崎 沖縄からグアムに海兵隊を持ってきて、沖縄の負担を軽減するから日本は金を出してもいいだろうと。ちょうど麻生が外務大臣をやっていたときだったと思いますが、「県民の負担軽減のために」金を出す、といっていた。その根拠を作る。
 すでに国内法は米軍再編特措法として作っている。その上さらに条約化したものを念押しで作る。この協定は日本では国会の承認を得ることが必要だが、アメリカ側は行政協定で、議会の承認は必要ないようですね。
梅林 2+2合意レベルの扱いではないですかね。
新崎 だから日本だけが縛られるというか。
梅林 中身を見ないとわかりませんが、どこまで書いてあるのか。日本の官僚側の発想としておそらく必要なのは、お金の使い方についての明確化です。これまでの「思いやり予算」などの米軍支援から、お金そのものを米国に渡すという前代未聞のことをやろうとしている。そのお金の会計検査をどうやるのか。アメリカでは特別な口座を作ることを立法化した。その口座へのプール金を日本が提供する。そうすると、向こうのお金の出方を、日本側がシステムとしてどのようにチェックできるのかが、日本の官僚としてもそこの形がないと困る。日本の国会対策上不可欠です。そのために日本の官僚としても、お金の扱いについてのベースになる協定の必要性があるでしょう。
 もう一つ大事なのは、負担軽減のためにやる、お金も出すと、日本での説得の仕方はそうですが、アメリカ全体では、グアム拠点化の一部である。しかし、米議会が同意しなくてアメリカ側からのお金がストップされたときに、「沖縄の負担軽減のためだから、その部分はやれ」、「アメリカのご都合でやめられては困る」と日本政府が言えるかという問題がある。そういう場面が出てくる可能性が充分ある。アメリカの金がなくてトータルプランは行き詰るが、日本の負担軽減を言っているからそれはやらないと辻褄が合わないという場面が出てくるときに、担保する仕組みがないんです。だから、今のままで行くとアメリカがグアム計画を中止せざるをえなくなったときに、日本も一緒に中止せざるを得ない。これは日本のためではなくアメリカの戦略ではないか、負担軽減というのは国民向けの説明にすぎなかった、というようなことが暴露される場面もあるだろう。けれども今度の協定によってその点がないようにするという知恵も、もしも官僚がしっかりしていれば、働くはずです。
 実際にはこの協定はアメリカの都合のいいように作られるだろうという気がしていて、そうなると負担軽減というのは見せかけの説明にすぎないことがますますはっきりするでしょう。(梅林追記:二月一七日に署名された協定によれば、グアム移転費用の日米両国の資金拠出は、奇妙なもたれ合い合意になっている。日本の資金拠出は米国の資金拠出が行われることを条件とし、米国の拠出は、①米国の予算が出ること、②普天間代替施設に進展があること、③日本の資金が出ること、の三点を条件としている。つまり、米議会がノーというと全てが壊れる。しかし、日本の拠出は始まるので、それをテコに米議会の予算を引き出そうというハラであろう。)
新崎 沖縄での一般的な受け止められ方は、アメリカに金を出してやるために「沖縄の負担軽減」といって沖縄を利用しているというものです。そして、「パッケージ」だから辺野古に「普天間代替施設」と称する新基地ができないと嘉手納以南の返還もなくなる、という脅しをかけていることに対する怒りは、沖縄の保守的な人たちを含めても強い。
 一方では、グアムに行くこと自体は、沖縄から海兵隊が本当にいなくなるなら結構なことだという立場も強いところがある。しかしそれも、アメリカ側の財政的な事情でおかしくなる可能性も大きいのではないか、というのが梅林さんの見方なのですね。
梅林 そうですね。グアムやフィリピン、オーストラリアというような全体的再編が意図しているものを、確かに「パッケージ」で沖縄でも確実に実現するというセットのプランの一部ですから、全体が進まなければ数も減らないという議論になる。 脅しの手法で、当然反発はあると思います。

政権交代と日米同盟再編の行方
新崎 この協定は、日本の政権交代を見越して、次期政権にも縛りをかけておこうという側面を持っているのではないか。民主党の小沢党首とクリントンとの会談なども、アメリカ側が申し入れして、民主党は日程が合わないと一度断っておきながら、実現することになったようですが。民主党は特に、去年「沖縄ヴィジョン」を打ち出していて、沖縄県議会の「辺野古新基地建設反対」決議や、民主党県連の動きに歩調を合わせる形で、「新基地建設には反対」と基地の県外あるいは国外移設を打ち出しています。ところがそれは選挙のマニフェストの中にはなかなか入らない。その間に民主党前代表の前原はアメリカに行き、向こうの次期政権成立を睨んで動いてきた。それと今度の小沢・クリントン会談が協定を締結したあとで細かい話をするかどうかはわかりませんが、民主党を中心とする政権が仮にできたとして、日本の対応はどう変わるのだろうか。
梅林 民主党の「沖縄ヴィジョン」についてですが、政権政策とヴィジョンとの間には、まだだいぶ距離がある。「ヴィジョン」として一致しているのは救いですが、政権政策としてどこまで一致できるかは非常にあやうい。ですから、何が変わるかという前に、民主党自身の政策レベルがどこで落ち着くかが最大のポイントだと思います。そしてそれはまだ見えない。協定が結ばれれば、ある意味で民主党は整理しやすくなる。彼らが迷う部分も少なくしてくれる。結果として「新基地を作らない」ということがどの程度きちんとした方針になるかが、より危うくなるような気がする。そこを見越して、とにかく早く協定を作ってしまおうということは、もう一つの力学として、日本の官僚たちには考えられていると思います。
新崎 沖縄の場合には、県議会決議でも民衆レベルの運動でもそうですが、いま焦点となっているのは辺野古や高江です。辺野古にしても高江にしても、二〇〇五~六年に米軍再編の2+2の合意が進んでくる以前と以後では、日本政府の対応が非常に違ってきて、高圧的、高姿勢になっている。官僚レベルの中心的な主導者は例の守屋だったようですが、彼個人とは関係なしにもあるようです。
 SACO合意や、辺野古沖合いに海上基地を作る、ボーリング調査のやぐらを建てる、そこに反対派住民が座り込む、などというとき、海上保安庁などはどちらかというと中立的な態度で、危険を防止するのが自分たちの役割であり、トラブルには自分たちは介入しないという姿勢を示していたように見られていた。
 それが、再編合意後の新しい流れの中では、海上保安庁の辺野古を睨んだ組織強化が出てきて、キャンプシュワブ内から船を出し、環境調査の機材設置を監視する反対派に対して嫌がらせ的に臨検をやって、免許をちゃんと持っているか、きちんと装備をしているかを同じ船に対して毎日やる。そういう嫌がらせをかなり高圧的にやっています。
 高江では、SACO合意による北部訓練場の北半分をヘリパッド移設の条件つきで返還する計画が、このかん急激に着工へ向けて動き出した。従来は使ったことのないような司法を使っての排除、座り込みの住民に対し「通行妨害禁止」の仮処分を裁判所に申請する。海上保安庁や防衛局などがあの手この手で連動して動いている。つまり、かつて日本政府はSACO合意や普天間返還、代替施設と称する新基地建設について、それほど本腰ではなかったけれど、二〇〇五年、六年、七年と、日本政府自体が、アメリカに押されてか何か非常に強く出ている。これは逆に沖縄側の運動や知事の姿勢が弱くなってきたことの反映かもしれませんが、日本政府がそういうふうに出てきているということは、やはり沖縄の基地自体が、アメリカの再編戦略にとって重要性を持っているのだろうか。
梅林 〇四~〇六年の米軍再編は、やはり「日米同盟の再編」なのであって、日米の同盟関係をどうやって新次元に高めるかがアメリカにとって戦略的なテーマです。それから日本の政権党にとっても、世界の中の日本の立ち位置を日米同盟再編の中でもっと強める、「あたり前の国」以上に、日本の地位を高めるという大きな願望が基本にあります。そのような意味における日米同盟強化の具体的な証が、米軍の前進基地として日本がきちんとした機能を果たしていくことである。その機能は、日米安保条約に縛られない日米同盟、日米安保はその一部であるという言い方までしているように、グローバルな機能です。
新崎 山崎拓が沖縄に来て発言したことですが、九六年の日米安保共同宣言によって、安保条約の制約を乗り越えることができたといういい方をしていますね。
梅林 それはその段階では出来ていないわけです。やはり憲法が基本的枠組みとしてある以上、形として出てくるのはすごく制約されたものになって、枠の外に踏み出しようがない。でもその中で少しずつ変えていく中で、在日米軍基地をきちんと機能させる、将来的にはグローバル・ハブとしてきちんと機能できるものを確保する。そのためには、沖縄の基地を、軍事上不可欠の選択ということではなくて、同盟の誓約として「そこはきっちりやります」というのが日本の姿勢だし、アメリカもそれを求める。軍事的というよりは政治的な要求としてそれが続いているということだと思います。
新崎 かつてのSACO合意と今回の米軍再編過程の三回の合意を踏まえての動きの対比は、かつては沖縄に基地を集中させておけば何とかなるだろうという日本政府の対応であったのが、そうではなくなって、問題はグアムに飛んでいるし、日本国内の自衛隊基地とのつながりが全体的になってきているのは確かです。そこが政治的な同盟関係の強化であるだろう。
 その中で、沖縄に限定してみると、二〇〇五年に小泉あたりが「もう辺野古は駄目なんだろう?」と発言している段階では、場合によっては、そもそも沖縄に普天間に代わるべき基地を必要としてはいない、だから全体的な調整の中ではこれは必要なくなる可能性もあるかと、僕などは思っていた。その後、辺野古に作られるはずの基地を利権の対象と見なしていた地元の動きの中で、沖縄県防衛協会北部支部などが「浅瀬案」というのを出し、それから急にアメリカは活発に動き出した気がする。浅瀬案に乗っかって、日本政府の頭越しに国防総省の役人が沖縄にやってくるといったこともあった。日本政府はあわてて「今度はキャンプシュワブの中だ」といったりして、陸上と海上が折衷して今の案が出来た、という整理の仕方もできないではない。そうすると、結局はアメとムチのアメで腐らせられてきた地元の動き、かつての「やむをえず基地を容認した」という部分が、ある種の「誘致派」になってしまった。つまり、「辺野古がパーになったら困る」というあわて方で浅瀬案を出し、アメリカは「地元が言っているじゃないか」とそれに乗っかった。アメリカ側としては、そんなに重要ではなくてもいろんなものがあったほうがいいのは間違いない。普天間のように老朽化した基地ではなく、辺野古に基地を作りたいというのはそれこそベトナム戦争の頃から計画があったように、軍事的にいえば普天間などよりはあそこにあったほうがよいのであろう。日本政府にとっても、日米の軍事的一体化が進む過程で、辺野古がアメリカにとって必要なくなっても、日本にとって軍事的に利用価値がある、という意図もあるのではないか。
梅林 いろんな側面をおっしゃっていますが、そうした側面は少しずつあるのではないかと思います。アメリカにとっての純軍事的ということを考えれば、辺野古に飛行場が絶対になくてはならない、ということは全くない。「あれば欲しい」というレベルのものです。現実に、グアムが拠点化されようとしている。フィリピンでも一応巧くいっている。米比訪問軍協定での米軍のオペレーションは、基地があるのと変わらないぐらいやれているんです。それなりに反対も強まっていますが、それでもアメリカは基地なしにローテーションでやれるようになった。それから、オーストラリア政府との間に、海兵隊の演習基地を作る合意ができた。兵隊は置かないけれども上陸演習などはやれるということになりつつある。そういうふうな全体を見ると、海兵隊に限って見ても、可能な地理的範囲内で、代替候補がいろいろと品揃えができている。二股も三股もかけてこのことは進行しています。
 先ほどおっしゃった、もう一時はあきらめるんじゃないかという状況は、そういうふうに選択すればそう流れてしまう状況として、今も変わらず存在していると思います。その上で、新たな決意でロードマップを日本が履行すると確約するのは、やはり日米同盟の新たな段階を作るために、日本を縛り後退できなくさせるためでしょう。日本政府は「決めたことが実行できないじゃないか」と言われる羽目に陥りたくないんですよ。一度SACOでそうなったことを「今度もか」と繰り返したくない。それは、日米同盟の新存在証明書ともなっているロードマップの枠が戦略的に大事であるという認識から日本政府は「今度はやる」という姿を見せているのだと思います。
 とはいえ、それがどの程度抵抗にあうかということによって、やはり変えざるをえないというところは出て来ざるを得ないわけです。ここに抵抗を続けることの意義があり、私たちみんながなすべきことである。当たり前のことですが。そして、民主党の選択、先ほど「見えない・わからない」と言ったところを、そういう動きの中でどう動かすか、ということになる。

市民運動と政策提言
新崎 民主党の方が自民党よりも、内部的には矛盾している。沖縄ヴィジョンを受け入れあるいは推進している者がいる一方で、例えば前原前代表のような強固な日米同盟論を持っているという中で大きな矛盾を抱えながら、それがどうやって一つの外交政策を作っていくのか。そういうものに向けて、我々が何を発信していくのか。
 僕たちはこのかん、日米の対沖縄政策の研究を進めてきた宮里政玄さん、我部政明さんなどとシンポジウムを繰り返して、「沖縄に基地があるのはやむをえない」「基地なしには沖縄の経済は成り立たない」という常識をどう覆すかというシンポジウムを試みてきました(「押しつけられた常識を覆す」)。このメンバーで対外的な声明文を出したりもしています。去年の夏は県議会決議を後押しするという意味もあって、ブッシュからオバマ、マケインなどに送付して、沖縄の現状は容認できないと主張してきた。今回のグアム移転協定に関しても、速達で英訳文を添えて、「沖縄は強者の論理による取引を認めない、沖縄は自決権、自己決定権を持っているはずだ」という内容の声明をクリントンあて書簡として昨日の朝に送っています(本号二九頁に掲載)。
 市民運動レベルでは、沖縄だけでなく全国的に、オバマ政権に変わったことで、米軍再編の軍事的側面だけで見ればそのまま継続されていく流れに歯止めをかける運動として、何が有効なのか。
梅林 「米軍基地は沖縄から全部いなくなるべきだ、沖縄は基地なしにやっていく」というスタンスの無視できない人々による声明がアメリカの専門家、政策立案者や影響力のある人々に届くことはすごく大事です。彼らにとってはそれがカルチャーショックになります。向こうのシンクタンクや政策提言グループ周辺の連中は、「そういう主張はごく一部の連中が言っているにすぎない、箸にも棒にもひっかからない」というレベルでしか受け取っていない。ところが、それが層の厚い市民の意見として存在するのだということを示す、それによってカルチャーショックを与えるという役割を、どんどんハイレベルで繰り返していくことが極めて大事だと思います。先ほどの声明の話も非常に良い話だと思って聞いていました。
 彼らが立っている交渉のレベルと違うところに、依拠すべき大きな声があるということを示しつつ、現実的な接点のある次のステップを提言するということを、私たちのピースデポではいつも考えて来ました。対抗的な意味での「リアル・ディプロマシー」と呼んでいます。その中でくりかえし提案しているのは、米軍のプレゼンスの必要性の前提となっている、地域の安全保障環境を、より緊張のないものにしていく具体案です。そのためのステップは、戦後の憲法秩序の中で我々はいろいろ財産として今も持っている。中でも一番手の届くところにある「東北アジア非核兵器地帯」を現実的な政策課題にしていくことを考えています。いろいろ考えても一番可能性があり、日本の世論にもきっと支持するに違いないだろう、と。
 民主党の核軍縮議連(岡田克也委員長)が三年前に発足したとき、最初に呼ばれて話をしました。議連では議員集団として具体的な政策提案をつくることを力説していましたが、岡田代表は昨年、「北東アジア非核兵器地帯条約案」を、民主党議連として発表したんです。この条約案を読むと、基本的にはこの地域の協調的安全保障、米軍のプレゼンスに頼る安全保障ではなく、別の枠組みの安全保障に移行していく、というイメージがうかがえます。ところが、これにマスコミがほとんど食いつかなかった。それは基本的に記者の勉強不足が原因であったと思います。重要さの意味がわかっていないんですね。一方で、市民運動の弱さも問われることになりました。この案を民主党が出したあと、一つの政党の提案が先行したことで、皮肉なことにある意味で運動がやりにくくなってしまった。超党派の動きとなる必要があるのだが、そうするためには広範な世論の広がりが必要です。それはともかくとして、方向としては、こういう構想への世論の支持を強めていって、軍事力なき安全保障の枠組みを見えるようにする。その発信力を強めていくことが必要だと私は思っています。
 半分は直接に起こってくることに対する阻止、もう半分は、やや時間がかかるけれども、オルタナティブなヴィジョンを作ること。そろそろそういうところに入るべき時期ではないかと思います。

軍事優位カルチャーとの決別
新崎 梅林さんは、名護での講演の中で、アメリカは「対テロ戦争」という、どこから現れるかわからない敵に対応しなければならない状況にありながら、一方ではやはりロシアと中国の脅威も視野に入れている、と指摘しています。中国とアメリカはこれだけ経済的に結びついていて、中国も社会主義的市場経済などといっていても、やはり社会体制も変わっていかざるをえないであろう流れのなかで、それでも中国・ロシアは脅威であるというのは、漠然とした不安感と何が違うのか。専門家たちは、何を軍事的な脅威とみなしているんでしょうか。
梅林 国家戦略論としては、一般化している政策立案者の物の考え方の中に、やはり「軍事的な優位を保つことがあらゆる外交、ソフトパワーとしての外交を理想的な方向に持っていくためにも必要である」という軍事優位の考え方が根強くあります。中国の戦略家たちも基本的には似たような考え方をしています。軍事的優位をいかに確保するか、確保できていないところはいかにバランスを限りなく優位に近づけていくか、という発想がベースにあるんです。このカルチャーを変えないと、地球的問題は解決できない。
 このカルチャーを変える力がどこから出てくるのか。アメリカからはどうも出てきそうにはないと感じます。オバマは確かに魅力的な人物ですし、抑圧された側についての視点がだんだんと政治の中に見えてくるという貢献もあるとは思います。しかし「軍事的優位を確保する」という前提を変える、そういうことを提示する力が世界のどこかから出てこないといけない。日本などはまさにそうなるべき憲法を持っている。危うい状況ですが、それでもまだ大衆カルチャーとしては、戦争はいやだし、軍事的優位を保つことをよしとしない発想が日本にはあり、軍事カルチャーへの抵抗がある。アメリカには無いに等しい。
 ですから、軍縮を進め、軍事的なものの役割を今よりも低下して、彼らのいうソフトパワーを高めていっても限界が見えている。軍事的優位の存続そのものが、ソフトパワーが生かされる条件を壊していることに彼らは気づいていない。アメリカがいくらソフトパワーを強めて「スマートパワーだ」と言い出しても、軍事的優位が歴然としている中でソフトなどと言われても、本心を疑われるにすぎない。ソフトパワーの大事さを強調するのであれば、軍事をナンバースリーくらいにすればいい。あるいは、せめてナンバーワンを四つくらいつくればいい。軍事的にはそこそこでもソフトパワーで国の信頼を高めるという考えならまだいいんだけれど、そういう発想はない。
 だから「軍事的なパワーの価値を下げろ」と堂々と沖縄が言ってくれるとか、そういうカルチャーショックを与える。全然違う人種がいるというくらいのところを見せながら、今の米軍再編に対する議論をしないと、大きな変化は出てこないという感じがします。時間はかかりますが、そこをやらなければならない気がします。

沖縄からの発信を
新崎 軍事的にはりあっていく文化を変える。両方の、アメリカの戦略家も中国の軍事戦略家も同じように考えるだろうというその時に、沖縄の位置というのは確かに重要な気がします。例えば、日本では嫌中派というのがある層をなしているようですが、沖縄にはほとんどいない。これは過去の何百年の歴史的背景があって、共産主義は嫌いでも中国に嫌悪感を持つ層はあまりない気がします。それだけに、沖縄からの中国側への、文化を変えようという発信を、例えば日米同盟の強化に反対するという実際的行動と表裏一体の形でやっていくことはできないかと、僕自身も漠然と思っています。
 九〇年代以降、韓国と沖縄との結びつきはいろんなレベルで深まってきています。日韓友好とは別のレベルで沖韓の関係をつくろうとしてきていて、そこでは米軍基地問題あるいは米軍犯罪という共通項があり、きわめて相互理解がしやすい土壌があったわけです。交流が進んできて、一〇年前だと沖縄でシンポジウムをやるのに朝鮮語の通訳者を探すのが大変だったのが、今は困らないほど両方に人が出てきている。地元紙なども沖縄の米軍基地を取り上げるのに、では韓国の米軍基地はどうかと取材に出かけたり、韓国からも反基地運動の取材が頻繁に訪れている。そういうこともヒントに、日米の軍事的な同盟強化に明確に反対する側から、中国側に対して戦略バランス感覚を変えようという話ができれば、そこに一つの手がかりがあると思います。
 ただ沖縄側の問題としては、復帰後三六年間の日本政府のアメとムチの政策がそれなりに骨がらみになっているところがあって、それが行政や建設業界を含む経済界に影響力を持っていることが、内部の問題としてとても大きい。
梅林 確かに、基地問題で韓国の運動体と交流することは、僕らなどもやってきたことですし、本土の運動もそれをずっとやってきた。しかし、沖縄から中国と新しい安保議論を始めるという発想は新鮮です。
新崎 確かピースデポは韓国で賞をもらっていますよね。
梅林 一昨年の暮れに「非武装地帯平和賞」というものをもらいました。「東北アジア非核兵器地帯」構想も一つの功績として受賞しています。
 韓国の場合、反基地活動をやっている人たちの力が、ある意味で政策を多少変えている、目に見える成果がある。向こうは民衆運動と政権との関係で、民衆に変える力があるという実感があるのです。基地の環境問題は沖縄でも切実に出てくるものですが、なかなか進まないですよね。向こうは、地位協定は変えられなかったけれども、返還する土地の浄化に関しては相当な政府間交渉をやらせました。それはまだ日本では起こっていないことです。
新崎 韓国のほうが日本より国家の規模は小さいし、北との関係では直接的にアメリカに依存しながら、そういうことができる。日本政府の安全保障論はひじょうに空想的、どこがせめてくるのかわからないのに「核の傘」というもので自分に縛りをかけて、アメリカに要求することができない。それが何によるのか。
梅林 去年の一一月、『ハンギョレ新聞』主催のシンポジウムに呼ばれて話をしました。オバマが選挙に勝った直後で、オバマ政権に関する議論に関心が集中していましたが、その中で感じたのは、アメリカに対する彼らの強みです。待ちの姿勢ではなく、自分たちが政権が変わったチャンスをどういかすのか、自分たちが充分ヘゲモニーを持ちうるという前提的感覚を持っているのが印象的でした。
 六者協議で議論されている北朝鮮の核をめぐる議論で、北朝鮮はアメリカとの交渉を求めている、つまり韓国が相手になっていないので、そこを軸にして議論をすると韓国は第三者的な立場にしかならない。しかし、自分たちの基本は統一問題にある、と言うんですね。南北の統一問題は、南北なしにはできない。アメリカは、この統一問題なしに朝鮮半島問題を解決できない。だから、統一問題、民族問題を軸にして、自分たちの論理構成をする、六者協議に関しても、北の核にどうかかわるかにしても、そういう論理的文脈での議論をするべきだという論調が、一つの流れとしてきっちりある。これは韓国の運動のひとつの強みで、実際に朝鮮半島問題をアメリカでは解決できない。自分たち自身でしか解決できないということが確固たる軸になっています。
新崎 日本政府は拉致問題も、日朝国交正常化交渉の中で自主的に解決するのではなく、アメリカの力に頼って解決しようという。そういう基本的な立ち位置がまったく違う。
梅林 安保問題に関して、ぜひ沖縄からの発信をしっかりやっていただきたいです。
(季刊『けーし風』62号(2009.3.20)所収)

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《講演》オバマ政権と米軍再編(09年1月27日、於名護市)

 アメリカオバマ政権が誕生し、変化の兆しが感じられる。今日の講演では、この変化をどういうふうに生かせるのかという材料を少しでも提供できたらと思います。
 しかし、この変化はなかなか手ごわい中身を持っていて、オバマ大統領になったからすぐに何かできるというような変化ではなく、やや込み入っているように思えます。
 オバマ政権の話に入る前に、まず、「米軍再編とは何だったのか」を駆け足で振り返っておく必要があります。米軍再編はここ数年、日本でも目に見える形で進行しました。それを動かしていた力、考え方、論理を振り返ることで、「では何が変わりうるのか」を考えなくてはいけない。
 ブッシュ政権が進めた世界的な再編を振り返ります。

米軍再編の二つの動因
 米軍再編には二つの動因がありました。一つは、長期的な米軍のトランスフォーメーションです。三〇年、二〇二五年くらいまでを展望したような、米軍の大きなトランスフォーメーションが進行しています。そしてそれに見合った形で、米軍再編が行なわれているのです。その背景には、「二一世紀型の脅威」に米軍が準備しなければいけない、冷戦終結後、新しい形の脅威を見つめて、米軍が変わっていく。しかし、すべてが変わるということではなくて、ロシア・中国を睨んだ警戒を忘れない、というような構えです。  その結果、 軍事的には二つの特徴が現れました。一つは、「陸・海・空・海兵の統合化」です。それまで長く歴史的にそれぞれが独立した部隊として動いてきて、戦争時にはそれが一時的に統合されるという形だったものを、二一世紀型の脅威に備えるためには、平時においても常にこの四軍が一つになって動けるような体制が必要だ、ということです。
 「二一世紀型の脅威」とは何か。それは、冷戦時代とは違って、いつ、どういう形で、誰が、アメリカに脅威、打撃を与えるか、予測が非常につきにくい。具体的には、テロリズム・大量破壊兵器・ミサイルの脅威・潜水艦・宇宙に展開している人工衛星が破壊されるという宇宙への脅威・そしてサイバー空間が攻撃される、そういう形をとったものが二一世紀型脅威と呼ばれるものです。それに対抗するための四軍の統合が言われました。そして、特殊作戦部隊(SOF)の出番が非常に増えるということで、それまでになかった新しい任務を持った特殊作戦部隊、あるいは既存の特殊作戦部隊を、さらに任務が複雑化し、しかももっと大勢の兵を動員した部隊をつくることが課題となりました。
 こうした数十年かけて米軍自身の大きな転換をするという一つの長期的な流れが背景にありました。 一九九七年にクリントン政権で明確に打ち出され、軍の中でずっと継承されている大きな流れです。
 もう一つの比較的短期的と考えられた動因が、体制の見直しの中で生じました。それは9・11以後生まれた、急速にグローバル化した対テロ戦争を中心とした事態に対処できないといけないという考え方です。当初は短期的なものとして打ち出されましたが、現在では、長期にわたる戦争になるだろうと言われて、一つの大きな流れとなっています。
 この二つの要素が、再編を必要とする力としてずっと働いて戦略が考えられてきたのです。

世界的再編の五原則
 そういう流れの中で、米軍再編には、「五つの原則」が掲げられました。
一、同盟国の役割を強化する―同盟国を巻き込んでいくということです。
二、不確実性と戦うための柔軟性を高める―臨機応変に基地展開ができることを目指しました。
三、地域内のみならず地域を超えた関心を強める―ある一つの基地は、その周辺で戦うための基地ではなくて、絶えずそこから出て行くことを見据えた役割を担うということで、これは韓国において典型的に実行されています。それまでの在韓米軍は、朝鮮半島有事の部隊と定義されていましたが、この再編の過程で、在韓部隊は韓国からさらに先に展開する「地球軍」の一つであると、国と国との合意文書の中に明確に、「戦略的柔軟性」という言葉で合意されています。
四、迅速に展開する能力を発展させる―輸送能力の強化、そして法的整備という両方を含むようなものです。できるだけ迅速に展開できる能力の強化と、同盟国に対しては、同盟国から次に展開できるような法整備を要求しています。
五、数ではなく能力を重視する―一見すると数は減りますが、能力が強化されていく。
 こうした原則で、世界的な再編を進行させました。これは確実に、さまざまなところで行なわれたことです。

「蓮の葉戦略」と三つの基地概念
 基地というものを見ると、この五原則のもとで何が変わったのか。世界的な基地をメリハリをつけて、あるところでは縮小し、新しい場所に基地を作り、新しい基地で全体的に役割を変え規模を変えるということが進行しました。
 一番大きい基地を「主要作戦基地」(MOB=Main Operating Base)と呼び、ここには永久配備をする部隊が存在して、家族もそこに住む。従って、家族のためのいろんなケアを必要とし、そのための施設を作る。学校やゴルフコース、フィットネスクラブなどがあるという具合に、日本や沖縄の基地が持っている機能を備えた作戦基地です。
 二番目は、「前進作戦基地」(FOS=Forward Operating Site)と呼んでいが、旅団規模、数千から一万規模の部隊がローテーションで六ヵ月くらい滞在できるような規模の基地です。初めて旧ワルシャワ条約機構の国に作られたブルガリアの基地や、ルーマニアの基地などは、前進作戦基地という想定で作られ、協定を結ぶときもそういう名称が使われています。
 三つ目は、「安保協力地点」(CSL=Cooperative Security Location)。常駐部隊は置かないけれども、必要なときに使えるような協定を作っておくことで、いつでも必要な時に展開できるようにする。
 こういう概念で基地を整備することを、「蓮の葉戦略」と呼んだわけです。池の上に大中小の蓮の葉が浮んでいて、その上をカエルが飛びながらどこにでも行けるというイメージで、地球上に蓮の葉状の基地を展開するのです。

自衛隊のトランスフォーメーション
 まさにこの考え方をもって、日本の自衛隊を作り変えることが進行しました。形をとったのが二〇〇四年一二月の新「防衛計画の大綱」です。それ以前の大綱は二〇〇五年までの期間があったのですが、それを一年繰り上げて、大慌てで新しい大綱を作った背景には、米軍再編のアメリカの考え方に日本の自衛隊も早くあわせる必要性があって、日米の密接な関係の中で、自衛隊自身のトランスフォーメーションが深く進行したのです。そこではある種の合理性のある変化をしたと思います。それ以前の大綱は、冷戦が終結したにもかかわらず、冷戦時代と同じように本格的な侵略事態へ備えた重戦車侵略防止部隊というような色彩をもった大綱でした。
 それをアメリカの考え方にそっくりあわせる形で、防衛力の役割の一番目として、「新たな脅威や多様な事態への実効的な対応」、つまり二一世紀型の脅威をトップに掲げるように、自衛隊も様変わりした。その中身として、
(ア)弾道ミサイル攻撃への対応、
(イ)ゲリラや特殊部隊による攻撃などへの対応、
(ウ)島嶼部に対する侵略への対応、
(エ)周辺海空域の警戒監視および領空侵犯対処や武装子作戦などへの対応、
(オ)大規模・特殊災害などへの対応
と、日本の市民が考えやすいシナリオを中心にした防衛力の態勢に様変わりした。
 防衛力の役割の二番目に来るのが「本格的な侵略事態への備え」、そして三番目が、以前からなかったわけではないけれども新大綱では非常に重要視されて置かれていることに注意しなければなりませんが、「国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取り組み」ということです。海外における自衛隊の任務をより明確に位置づける、しかし、憲法の手前上言えることはこういう表現になるのであろうと思います。

日米戦略協議―三点セットの合意文書
 こういう大綱に作り変えた自衛隊と米軍が、ではどういうふうに新しい協力関係を作るのか、そして米軍基地をどういうふうに再配置するのか、という話し合いをしたのが、「日米戦略協議」です。二〇〇三年の秋ごろから三年かけて、「2プラス2」と呼ばれる日米の外交・防衛大臣が協議をするという文書まで登りつめる合意文書を、三段階かけて作り上げました。この三つの文書は、今でも大事な日米合意の指針になっています。
一、「日米共同声明:共通の戦略目標」(〇五年二月一九日)
二、「日米同盟の転換と再編」(〇五年一〇月二九日)
三、「実施ロードマップ」(〇六年五月一日)が提示され、それを行動に移すということになるわけです。
 二〇〇五年にこの一段階目の「共通の戦略目標」を日米で合意しました。この中で、アメリカの言う世界的な再編の考え方が、ほぼ日本との合意事項の中にも盛られるということが行なわれました。つまり、世界の安定化に日本もそれなりの貢献をしなければならないという論理が明確に書かれたのがこの「共通の戦略目標」です。そこでは「グローバルな脅威」が、両国のキーワードになっています。もちろん、憲法の制約のもとで議論できることは限定されますが、考え方の共有という面では、 アメリカの考え方を日本もそのまま応用したということになります。
 その中で、米軍と自衛隊との協力関係をより強力にし効率的にしたのがこの間のプロセスであり、そこに今度はオバマ政権が登場したわけで、この流れがそう一朝一夕に変わるわけではないということを、ある程度はご理解いただけるのではないかと思います。

オバマ政権とは何か
 しかしオバマ大統領は、白人の大統領にはない、彼がずっと経験してきた、父親の世代からの様々な、それこそ自分の身についた考え方というものがあると思います。そういうものが就任演説の中でも随所に現れていたと言えます。例えばこういう箇所がありました。
《……我々の先達たちは理解していた。力だけでは我々を守ることができないし、好きなことができるわけではない。 むしろ、先達たちは力は思慮深く使うことによって増加すること、主張の公正さによって安全が増すこと、範を垂れることの力、人間らしさや自制することが生み出す説得力を知っていた。》
 ブッシュの考え方と正反対の、「力ではない」という、物事が実際に持っている説得力の大切さを見事に表現しています。
《我々はこの遺産の守護者である。この信条にもう一度導かれて、より過酷な努力、国家間のより深い協力と理解が必要となる新たな脅威に立ち向かうことができる。》
 世界的に、深刻で簡単ではない、過酷な努力が必要であるけれども、それを解くためには、前半で言われているような、力ではないものの持っている力が大切なのだ、ということを述べています。これは、ある正しい進路をもった、聞く耳を持って対話をする可能性を持った指導者が現れたことを感じさせます。そういう意味で、私も、ある変化が起こっているということを感じます。
 しかし、実際に何が起こっていくかを考えたときに、もう少し現実を見ていく必要があります。まだ全部が決まっているわけではありませんが、オバマ政権ではこのような人事が、日本との関係では起ころうとしています。
 まず、ロバート・ゲイツ国防長官が留任します。彼のもとで東アジア・太平洋国防次官補にウォレス・グレグソン、沖縄の四軍調整官を担当したことのある軍人が、就任しそうですね。
 それから、ヒラリー・クリントン国務長官。 そのもとで東アジア・太平洋担当の国務次官補にカート・キャンベル、 彼も馴染み深い人で、クリントン政権時に日米安保再定義のプロセスに重要な役割を果たした人です。それから、ジョゼフ・ナイ、彼もその時に重要な役割を果たした一人で、おそらく駐日大使となるでしょう。
 国家安全保障担当で、安全保障会議を取り仕切ることになる大統領補佐官としてジェームズ・ジョーンズ。彼も海兵隊出身で、NATOの長官をした男です。

ゲイツ戦略―修正されたブッシュ戦略
 ゲイツはブッシュ政権の第二期、ラムズフェルド国防長官のハードラインをソフトに転換する役割を担って登場した国防長官です。彼がオバマ政権に登用されたことは自然な流れだと、私は思っています。ブッシュが国防戦略の転換を強いられたときに、ゲイツが登用さました。去年の六月「国防戦略」という文書を彼のもとで作っていますが、この「ゲイツ戦略」は、今のオバマの戦略に近いことを述べています。イラクやアフガニスタンの問題も、私たちから見るとそんなに違っていないということです。だから、ゲイツがやり始めていることを、もう少し良く見ておく必要があります。
 ゲイツはもちろん、ラムズフェルド国防長官が展開した考え方を、軍事によってしか達成できないという非常に強い確信があり、軍事思想の基本を維持している。これはアメリカのほとんどの指導者に共通するものの考え方であろうと思います。
 それを前提として、しかし、イラクもアフガニスタンも、ブッシュ政権のやってきたことは間違っていたというより非常に不十分だった、という反省を必要としてきています。
 その影響として、単独行動を否定し国際システムを評価する。軍事力とは相対化されるべきものであって、「ソフト・パワー」が非常に大事であると、ゲイツ自身がブッシュ政権下で言い始めていた。そのようなゲイツ戦略がすでに進行していたということです。
 彼が言っていることを、いくつか紹介します。

ゲイツ戦略
目的
一、国土の防衛
二、暴力的な過激主義者との長期戦争に勝利する―これは、「対テロ戦争」と呼ばれているものです。
三、安全保障を促進する―戦争の防止、国際システムの活用ということで、国連などを重視することを匂わせています。
四、紛争を抑止する―これは軍事力を第一義的に考えています。しかし、先の三番目とリンクさせながら考えています。
五、国家間戦争に勝利する―中国やロシアを含めて、イラン、北朝鮮、国家間の戦争に勝利する。

手段
一、主要国家の選択肢形成―これは、例えば日本で考えると、日本が何をすべきかという選択肢を、アメリカ主導でパッケージすること。主要国家がどういうことをやるとアメリカが考えている世界的な秩序を保つことができるか、というふうに選択肢が増えるようにアメリカが形成し提示する。ですから、選択するのはそれぞれの国だけれども、どういう選択がいいかについて、アメリカは充分具体的に相手にわからせるということです。
二、敵に大量破壊兵器を入手させない―これは不拡散。
三、同盟やパートナーシップを強化・拡大する―ラムズフェルドも言っていたことですが、やはり軍事同盟が重きをなす。
四、戦略的アクセスを確保し行動の自由を維持する―これは軍事的なことで、アメリカは一貫して、行動の自由を確保できるように、基地の問題、あるいは訓練を維持できることを考えています。
五、諸事業を統合し団結、新しい「統合性」―先ほどの「国際システムを活用する」とか、「軍事には限界がある」というような考え方で、軍と軍でないものの間に新しい協力関係を作って、それ全体が「新しい統合」、陸・海・空・海兵の統合ではなくて、文民機関も含めた国防省の統合という考え方を示唆しています。

 彼らが言っていることで、わかりやすいところをいくつか紹介したいと思います。
 ゲイツ戦略の一番目、「過激主義との長い戦争」。対テロ戦争について、こういうことを言っています。
《軍事力の行使には役割がある。しかし、テロリストを捕らえたり殺したりする軍事的努力は二次的なものであり、地域で政府への参加や開発を刺激する経済プログラムへの参加を促進する措置や、しばしば反乱の核心にある不平・不満を理解し対処する努力に従属すべきものであろう。したがって、考えるべきことは、暴力的な過激主義者との戦いにおける最も重要な軍事力の役割は、我々自身が戦闘することではなくて、我々のパートナーが自衛し統治するのをいかにうまく援助できるかにある。》(ゲイツ「国防戦略」〇八年六月)  しかし、次の「抑止」というところで彼が言っていることは、
《信頼できる抑止能力によって、合衆国国民や同盟国は防衛の約束が守られることを再確認する。ゆえに、抑止は国際安全保障への広範囲の挑戦に対処しうる軍事能力に基礎付けられなければならない。たとえば、合衆国は核攻撃を第一義的に抑止できる核兵器を維持する。「新しい三本柱」(これはラムズフェルドが考えたものですが)は戦略的抑止の基礎であり続ける。我々はまた、広範囲の信頼できる対応手段を指導者たちに与えるために、核兵器を補い、場合によっては代替する通常兵器能力を配備し続けなければならない。》(同前)
 つまり、軍事的な抑止が基礎として存在し続けなければ、ソフトな対応が生きる状態を維持できないということが、一方では言われているわけです。
 ゲイツ戦略の三番目の「新統合主義」、いろんな力を統合するということです。
《イラクとアフガニスタンは、軍事的な成功だけでは勝利できないことを我々に教えている。我々は、高価な犠牲を払って得た教訓を忘れてはならない。重要なソフト・パワーが退化し、消失さえしている故に、それを発展させなければならない。安全保障に留まらず、長期的な成功のためには、経済的発展、制度の構築、法の支配、国内の和解、……が必要である。一つの国家として、我々は軍事能力の強化のみならず、国力の他の重要な要素を再活性化し、必要に応じてそのような力を統合し、適切に組み合わせ、適用する能力を開発しなければならない。》(同前)
 ということで、軍事力を基礎として維持していく、しかし、ソフト・パワーを充分にそれとうまく組み合わせていくことができるようにしなければならない、ということが既に始まっていたのが、ブッシュ政権後期におけるアメリカの国防戦略であったわけです。ですからオバマ氏が彼を登用したことは、もちろんいろんな影響を考えたと思いますが、やはりゲイツの考え方というものと、そんなにかけ離れていないという認識があったと思います。

クリントンのスマート・パワー
 ヒラリー・クリントンの国務長官就任承認演説で、しきりに言われたことが、「スマート・パワー」という言葉でした。その言葉をキーワードにして、彼女は新しい外交方針の考え方を述べました。「賢い力」という言い方をしていますが、力を基礎にして、しかし、スマートにやるということです。
 この「スマート・パワー」という考えは、新しく駐日大使になろうとしているジョゼフ・ナイが作り出したものです。この「連続性」と「新しいところ」を見ていただきたいのですが、非常に象徴的な二つの文書があります。ひとつは、『日米同盟』(二〇〇七年二月)、アーミテージとナイの共同でまとめられた報告で、日米同盟が二〇二〇年に向かってどうあるべきかを議論した、日米同盟に焦点を合わせた論文です。その背景としてあるのが、二つ目の文書、『スマート・パワー』(アーミテージ・ナイ、二〇〇七年一一月)という、戦略研究所(CSIS)が「スマート・パワーに関する委員会」を作って、日米同盟に限らず全般的なアメリカ外交のあるべき姿を書き上げたものです。二〇〇七年の二月と一一月ですから、この人たちの頭の中には同じものが存在していたと考えるべきだと思います。
 ナイたちがこの『スマート・パワー』で何を書いているのか紹介しましょう。
《ハード・パワーとは、国家が得たいものをアメとムチで得る能力である。……軍事力は国家を打ち負かすのには適しているが、理念と闘うには貧弱な道具である。》―やはり軍事力の相対化をします。
《ソフト・パワーとは、強制しないで人々を我々の側に惹き寄せる能力である。……合衆国の最大のソフト・パワーの源は、単純に米国が国家として成功していることにある。》―そう彼らは言っていますが、合衆国に移住したいという人がどんどん増えて、人種の坩堝と言われる合衆国が出来ている、これは成功の証なのだ、成功している合衆国の持っている姿そのものがスマート・パワーとしてアメリカが持っている財産である、という考え方で、これはオバマ氏の演説などにも出てくる側面だと思います。
《スマート・パワーは、ハードでもソフトでもない。両者の上手な組み合わせである。》

スマート・パワーの限界
 しかし、やはりこの文書の中に出てくる二つの文章があります。私はこれに「スマート・パワーの限界」と見出しをつけたいのです。
《ペンタゴン(国防総省)は連邦政府にとってもっとも訓練され、最大の資金を与えられた腕である。その結果、あらゆる空白を、文民機関が埋めるべき空白さえも、埋めようとする。合衆国は、軍事的優位を維持しなければならない。しかし、今日においては、ハード・パワーだけでは達成できることに限界がある。》
 やはり「軍事的優位を維持しなければならない」ということが絶えずあるんですね。
 一方で、スマート・パワーの議論の中では、
《たとえ、ソフト・パワーによるものであっても、いかなる国も操作されたくない。》
 つまり、外交の力であってもアメリカが操っていることが見えるようであっては、それに逆らう感情が当然生まれてくる、という認識も述べられています。
 これは私に言わせれば、非常に矛盾した認識です。つまり、軍事的に優位を保つ国は、絶えず軍事力を背景にものを言っていると見られざるを得ないわけです。ですから、軍事的優位を維持するということと、操作されたくないという中で自分たちの持っているソフト・パワーを使うということの間には、非常に大きな矛盾があって、その緊張感をどこまでうまく使いこなせるのか。それを使いこなすときに、軍事的優位は非常にマイナスになる。ですから、軍事力を相対的に下げることによってこそ、そういうことが少しでもできるようになるのだという認識は、残念ながら生まれていない。それが「限界」という言葉になります。
 実際に、そのことが見事に出ているのが、先ほどの二つのアーミテージ・ナイ報告に出てきているものと同じ人たちによって書かれたものです。目を見張るようなことが一方には書かれています。
 『日米同盟―二〇二〇年へ、アジアをあるべき姿に』(〇七年二月)、これはスマート・パワーを語る人たちが、日米同盟に対して何を望んでいるのかを述べているものです。
《憲法の制約が日米同盟の強化に限界を与えているとの認識を踏まえている憲法論争を歓迎する。 》―憲法改定の国会議論が出ていることを、非常に歓迎しています。
《自衛隊海外派遣は特措法ではなく恒久法での議論を歓迎。》
《日本の軍事予算はGDP比で世界一三四位であり、 少なすぎる。》―つまり、GDP一パーセント枠を突破しろ、ということです。
《自衛隊は海外での人質救出作戦を計画・訓練すべきだ。》
《武器輸出禁止の解除をミサイル防衛に限定せずに拡大する、科学技術予算を防衛技術研究開発費に使えるようにする、ミサイル防衛の特別予算枠を作る、などを考えるべきである。》
《次世代イージス・ミサイル巡洋艦の日米共同開発を目指すことによって、ミサイル防衛協力を拡大することができる。》
《日米防衛産業の協力の実現を目指すべき。そのために、機密保護のための包括的な協定を作ることが必要。》
《早期警戒、諜報分野における日米協力を強化するために宇宙の安全保障利用の国会議論を歓迎。》

オバマ・バイデン・アジェンダ
 ではここで、オバマ政権が出した「オバマ・バイデン・アジェンダ」(〇九年一月二一日、ホワイトハウス)を見てみましょう。
・ 特殊作戦部隊、文民対策、情報作戦などの強化
・ 陸軍六万五〇〇〇人(現四九万三〇〇〇人)海兵隊二万七〇〇〇人(現一八万人)の増員―定員増は選挙中から公約していたことで、地上展開部隊の負担が非常に重くなっている、イラク、アフガニスタンでの兵員展開で非常に疲弊している、ローテーションが非常に激しくなっているの で、人数を増やすことによって兵士たちの負担が軽減されて、少しでもゆとりが出てくる、というのがこの増強です。そういうこともやらなくてはいけないというのが、当面の政治選択で、久しぶりの増員ということになります。
・ 通常兵器戦争と反乱鎮圧作戦との間の兵器バランスの再検討―これは、やはり冷戦時代の戦車部隊などをまだ引きずっていく、通常兵器重視の体系が米国内にもあるということと、今必要とされる反乱鎮圧作戦で必要な装備とが違う中で、後者にもっと配慮されるような兵器のバランスを実現していく、ということです。
・ グローバルな航空アクセス、無敵の地上攻撃能力の維持―先ほどの「ゲイツ戦略」と重なると思うのですが、今アメリカが世界で兵力を展開するときに、空から攻撃をするというのがパターンです。イラクしかり、アフガニスタンしかり。ですから、グローバルに空から攻撃ができるアクセスを確保し、維持し続けること。それから、空からの地上攻撃によってハイテク兵器がどんどん更新されているわけですが、そういう能力を維持していくことを再確認しています。
・ 海洋での兵力投射力の維持(海軍装備の近代化、海兵隊の投入能力)―これは日本と非常に関係してきますが、兵力を海の輸送で投入できる、これは空母が代表的な力になると思いますが、もう一つは、海兵隊を運ぶ、佐世保の船と沖縄の海兵隊が一体となることの強化というようなことが書かれています。
・ 実用的、対費用効果の高いミサイル防衛の開発―ただし、ここには条件を書きませんでしたが、「本当にミサイル防衛が役に立つのであれば」、ということを言っています。
 ですから、軍事力に目を向ければ、やらなければいけないことはずっと継続されているということが、述べられていると言えます。
・ 宇宙における自由の確保―これは、衛星を防衛するということの言い替えです。宇宙での行動を妨げるようなことを許さない。ここでは新しい宇宙条約を作るということを言っていますので、そういう意味ではソフト・パワーも含めたような内容で、軍事力だけではなく、宇宙への攻撃をさせないような合意を作るということも入っています。
・ サイバー空間での防衛
・ 二万五〇〇〇人の文民援助隊(CAC)の新設―これは全く新しい提案で、ソフト・パワーの軍事力との結合の新しい形です。文民だけで作られる援助隊。どちらかと言えば今NATO軍がやっているような領域に、アメリカも新しく乗り出すということだと思います。
・ 同盟関係のトランスフォーメーションと強化(アフガニスタン、国土防衛、対テロなど)―これも日本と直接関係してくる考え方です。「国土防衛」とは、アメリカだけでなく同盟国それぞれの国土の防衛です。対テロなど、いろんな国が共通で抱えている問題、そしてアフガニスタンはイランの存在もあるという言い方をしているわけで、それに共通で取り組むために、同盟関係というものを転換し強化する。日本でもよく言われるように、「日本の役割」というものを明確に要求される、という考え方です。
・ 友邦・敵を問わず「タフで直接的な」外交―イラン、北朝鮮とも直接的に話す。ブッシュ政権では一時それをやらなかったのですが、そういうことをやるということがたびたび出てきます。「友邦・敵を問わず」というわけですから、日本ともタフで直接的な外交をする、言うべきことは言う、要求することは要求する。逆に言えば、日本もタフでダイレクトにできるということを意味します。ですから、明確に主張を掲げた外交をする。
・ アジアにおける効果的な枠組みの追求―今の六ヵ国協議のように、テーマを定めたような対話の枠組みだけではなく、もう少し包括的で地域のもとでよく話し合うような、そういう枠組みをアジアにおいては追求したいということで、これは中国を含めた枠組みと考えると、一つの新しい後押しになる可能性はあると思います。

 「オバマ・バイデン・アジェンダ」という形で書かれている具体的な問題は、やはり、軍事力に関しては多くが継承されていく側面が強い。一方で、ソフト・パワーあるいはスマート・パワーというものを掲げて、違ったアプローチをするという側面も随所に出てくるというのが、今のオバマ政権の現れ方です。

オバマ政権と日本政府の「チェンジ」
 アメリカ側から見たときに、ブッシュ政権が取り組んだ〇一年から〇九年におこなわれた日米同盟のトランスフォーメーションは、そう変更する必要性を彼らは感じていないと思われます。「日本はもっと国際舞台で軍事力を含めた貢献ができるべきである」というのが、民主党・共和党の党派を超えた、知日派と呼ばれる人たちの認識です。その方向に少しずつ進んでいるので、大きな変更が必要であるとはたぶん思っていない。
 しかし、確かに、オバマ政権が生まれたこと自体が持っている「変化」の意味合いは、非常に大きい問題が一方であります。それはやはり、「聞く耳」を持つスタンスを持った政権が誕生した。米国民の中にも、いろんな「変化」を受け入れる余地がある。そういう意味で、「聞く耳」は強まったということではないか。
 ですから、オバマ政権のチャンスをどう生かすかは、日本政府に変更の意思を持たせることができるかどうかが、最大の鍵になるのではないかと思います。一番わかりやすい形は政権交代という形であるでしょうし、そうではなくて、日本政府が今、しきりに言わんとしていることは、「オバマ政権になっても変わらない」ということを印象づけようとしています。
 しかし、日本政府が何をしたいのかということについて、違う勢力が強まるチャンスがうまれているといえます。日本政府はどうしたいのかについて問いただしていく、そのことを抜きに、「オバマになっても変わらない」とは言わせない、というのが、私たちのスタンスではないでしょうか。
(季刊『けーし風』62号(2009.3.20)所収)

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2008年9月 3日 (水)

原潜ヒューストンの放射能漏洩(2)

 08年8月29日、米国は原子力潜水艦ヒューストンの放射能漏洩について、最終報告と断りながら4ページの「インフォメーション・シート」(8・29インフォシート)を提出した。外務省は、これは日本が再三申し入れた結果であると外務省の努力の成果を匂わせながら、例によって右から左へ米国政府の情報のみの垂れ流しを行った。本来ならば、前回の「インフォメーション・シート」(8・7インフォシート)を踏まえて、日本政府はどのような追加情報を求めたのか、新しい情報によってどの程度要求が満たされたのかという、外務省の主体的な取り組みが報告されるべきであるが、それはまったく行われなかった。にもかかわらず、外務省は「今回の報告により、我が国の平和と安定に重要な役割を果たす原子力艦の安全性が再確認された」と結論づけている。
 8・29インフォシートに含まれている新しい情報は極めて少ない。しかし、以下のような情報に注目することができる。

①今回のインフォシートにおいても、米海軍はわずかに漏れていたバルブが、どの部分に付けられたバルブであるかをまったく明らかにしていない。もちろん、バルブの構造や漏れの原因について全く情報を示していない。

②バルブが漏れていないことが確認されたのは2004年であることが、今回の報告で初めて明確になった。前回のブログで書いたように、これはヒューストンがグアムに母港を移す前のブレマトン基地におけるオーバーホールの時であったと考えて間違いない。これは、制度上は4年間もバルブの点検は行われないことを示している。

③問題のバルブがいつから漏れていたかを特定する方法について、報告は「温度や圧力といった原子炉の状態の極めて詳細な記録」を分析した結果であると述べている。これから推定すると、記録では2006年6月から異常が観測され、それ以前に遡ることはないと米軍は結論づけているようである。しかし、報告は、この結論が妥当であるかどうかを考えるに足る情報を示していない。すなわち、「極めて詳細な記録」の分析なるものの内容が分からないのである。

④今回の報告では放射線を出している物質を酸化コバルトであると特定している。これは核分裂生成物ではなく原子炉構造物の放射化の産物であり、その意味では冷却水の漏れであるとして理解できる。

⑤8・7インフォシートと8・29インフォシートで示している佐世保、横須賀、沖縄におけるヒューストンから出た放射能の累積推定値は同じ値である。そして、この算出方法は、予想されたとおり、ヒューストン艦上における標本の実測濃度に記録から計算される漏洩速度と港における滞在時間を掛けたものであると説明されている。この説明は、以下の概算通り妥当なものであろう。(以下の概算では、滞在時間ではなくて、滞在した足掛け日数を使っている。)

ヒューストンの日本の港への寄港記録(06年6月~08年7月)
2006年7月16日  佐世保  1日
2007年2月2日   佐世保  1日
2007年1月25日  横須賀  5日
     3月17日  沖縄   1日
     3月23日  沖縄   1日
     4月13日  佐世保  6日
     12月7日  沖縄   5日
     12月15日 沖縄   1日
2008年3月12日  沖縄   1日
     3月27日  佐世保  7日
     4月6日   佐世保  1日

滞在日数           累積放射能の推定
佐世保 16日(3.2)  13000ベクレル(3.7)
                  (0.34マイクロキュリー)
横須賀  5日(1)     3500ベクレル(1)
                  (0.095マイクロキュリー)
沖縄   9日(1.8)   6300ベクレル(1.8)
                  (0.170マイクロキュリー)
合計  30日        22800ベクレル
                  (0.605マイクロキュリー)
1日平均漏洩量     760ベクレル(0.0202マイクロキュリー)

⑥今回のインフォシートには、7月末時点で19000ベクレルの放射能が寄港した3港に漏れていた可能性があるという推定が述べられている。これは8月2日の日本政府の報道発表と矛盾している。日本政府は「全航海中に漏洩し得た全体の放射能の量」として0.0000005キュリー(つまり18500ベクレル)と伝えていた。日本政府の報道は誤りであろう。軽微な漏洩であると見せるための意図的な誤報である可能性がある。

⑦上記の19000ベクレルという報告量は、約25日分の滞在に相当する漏れである。直近のハワイ、グアムにおけるヒューストンの滞在日数が不明なので正確な推定が困難であるが、8月2日時点で日本政府が佐世保、沖縄までしか通報せず、横須賀が除外されたことと符合している。(注:7月17日の事故の前にヒューストンは6月24日にパールハーバーに入港しているがその後リムパック演習に参加。パールハーバーの前の寄港はグアム。)

 以上のような事実から以下のことが言える。

(1)バルブの位置を明らかにしない背景に重要な事実が隠されている可能性が濃厚になった。通常の理解では、一次冷却系のバルブに僅かでも漏洩があるとすれば大事であり、安心のためにそうでないということを強調するはずである。にもかかわらず、まったくの言及がない。また一方で、一次冷却系のどこかにあるバルブの漏洩がそのまま環境への漏洩につながるということは非常に考えにくい。海軍原子炉の構造について情報開示することなく今回の事故の説明をすることが困難になっている。情報開示の要求を強めるべきである。

(2)日本政府は8月2日の報道発表の誤りを訂正すべきである。0.5マイクロキュリー(18500ベクレル)の放射能漏れは全航海中ではなく、直近の寄港時に漏れた量である。これは些細なことではなく、以下のような意味がある。
 上記⑤に計算したように一日平均760ベクレル(0.0202マイクロキュリー)の漏洩があった。停泊中のみならず航海中も漏れがあったと推定するのが自然であろうから、漏洩に気付かなかった25か月(約750日)の間に漏洩した量は570000ベクレル(15マイクロキュリー)となる。米海軍原子炉全体(約100基)が年間に世界の領海内に放出する水中放射能総量は1ミリキュリー以下であると豪語してきた(米海軍原子力推進計画規制部門ギダ副部長の市議会証言、コロナド市議会公聴会、96年4月9日)海軍にとって、この数字はシステムに警報を鳴らす深刻な数字なのである。

(3)バルブ問題だけではなくて、発端となった「汚染された水が修理中の要員にかかった」という作業中事故とバルブ漏洩水との関係が不可解のまま残っている。この作業は、原子炉作業を扱う施設のあるブレマトン基地に行かずに行う原子炉メンテナンスのルーチン作業の一端を示すと考えられる。原子力空母の母港となる横須賀での作業とも関連して解明する必要がある。

(4)今回も、事実解明に日本政府の主体的な取り組みを窺うことができない。にもかかわらず「原子力艦の安全性が再確認された」という結論を下す態度は、不可解というほかない。

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2008年8月10日 (日)

原潜ヒューストンの放射能漏洩

 米原潜ヒューストン(SSN 713)は、現在グアムを母港にしています。今回の漏洩事故について、本日08年8月10日の「沖縄タイムズ」に以下のような寄稿をしました。
 その原稿では紙面の都合で深入りしませんでしたが、一つの重要なポイントを書き加えておきます。つまり、米軍は、2006年6月以降、問題のバルブの漏洩が続いていた可能性があると「インフォメーション・シート」(8月7日)で述べていますが、この2006年6月にどういう意味があるかという点についての解明が必要だということです。現在も謎です。ヒューストンは、もともとサンディエゴを母港としていましたが、2003~4年にブレマトン(ワシントン州)で本格オーバーホールを行った後に、2004年12月24日に新母港グアムに着きました。それ以後2006年6月頃までの判っている行動をたどると以下のようになります。

2004年12月24日 ブレマトンから新母港グアムに到着
2005年9月 オーストラリア海軍と対潜演習「ラングフィッシュ05」
2006年3~4月 米韓合同統合演習「フォールイーグル06」に参加
2006年5月20日 アプラ湾(グアム)で士官候補生の艦上見学
2006年7月16日 佐世保に寄港
2006年9月20日 マレーシア訪問
2007年1月25~29日 横須賀に寄港

<寄稿原稿>
日本政府は米情報を垂れ流すだけ
根拠情報の開示を迫れ

 米国の原子力潜水艦が長期にわたって放射能漏れを続けていたという今回の事故は、原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀への母港問題を抱え、かつインド洋展開の増加とともに原潜寄港頻度の増加が予想される日本にとって深刻な問題を提起した。問題は、米海軍原子炉の安全神話に関わるものと、日本政府の対応に関わるものとの両側面において極めて深刻である。
 まず驚くべきことは、2年以上の歳月にわたってバルブの漏れに気付かなかったという事実である。米国からの連絡に基づくこれまでの外務省発表と、8月7日に米国から提供された「インフォメーション・シート」によると、以下のような経過である。
 米海軍はハワイで7月に正式のバルブ検査を行った結果、7月24日、わずかではあるが一つのバルブに規準を超える漏れがあることが判明した。7月31日時点では、その漏れは少なくとも3月12日の沖縄寄港時には起こっていた可能性があると認識された。その後さらに分析を進めた結果、8月7日時点では、はるかに遡って2006年6月から漏れが起こっていた可能性があることが分かったというのである。
 つまり、何らかの記録分析によって最初は約4か月前まで遡ることで十分であると判断した。しかし、その後新しい分析が加えられて2年以上漏れが続いていた可能性があると結論づけられた。ところが、どのような分析によってこのような2段階の結論を得たのか、これ以上2006年6月以前に遡らないとなぜ言えるのか、といった疑問に応える情報が何一つ与えられていない。
 また、インフォシートからはバルブの漏洩がそのまま環境への放射能の放出につながるという判断を窺うことができる。これも驚きである。そもそも、インフォシートはバルブが冷却水系のどの部分のものであるかさえ明記していない。2006年4月に米国が海軍原子炉の安全性を強調するファクト・シートを発表したが、その中では一次冷却水は溶接による完全密閉回路になっているとしていた。しかし、今回の内容は、それすらも疑わせるようなあいまいな記述に終始している。
 さらに、バルブのわずかな漏れが、シール部のより大きな破損の兆候である可能性もある。
 このように、疑問が一杯に残るにもかかわらず、今回の日本政府の対応には、市民の安全のためにこれらを解明しようという姿勢がまったく見られない。ただ、米国が与える情報を垂れ流すだけである。これこそが、今回の事故が示した最大の問題点であり、解決されなければならない課題であると言えよう。

「沖縄タイムス」の記事(08年8月10日)
「oki_08.08.10.pdf」をダウンロード

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