核軍縮・核兵器

2016年3月 3日 (木)

北朝鮮が発射したのは人工衛星である

 北朝鮮の人工衛星発射を「事実上のミサイル発射」と繰り返し報道するのは間違っている。一部の偏ったメディアが言うのは有りうることかもしれないが、国を挙げてすべてのメディアがそのように言う日本の現状は危うい。
 「事実上のミサイル発射」という表現は、以下に述べるように、起こった事象の科学的解釈からは一義的には出てこない。むしろ事実から来る冷静な認識から目を背けさせようとしている表現である。事実の報道を抜きにして、政治的解釈、しかも国際的緊張を高めるためのプロパガンダになりうる解釈ばかりが述べられる状態は尋常ではない。しかも、実際に発射が行われる以前からそのような決めつけが行われてきた。

 今回の打ち上げられた物体の軌道への投射の様態は、本来的にミサイル実験ではなく衛星発射の様態であった。ミサイル発射実験であったとすれば、その目的は、(1)ロケットエンジンの推力を強化してより重いものをより遠くに飛ばす、(2)ミサイルが大気圏に再突入するときの耐性を調べる、などの目的が主要なものとなろう。そのためには、投射される物体は相当な遠方に向かう軌道に射出される。北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)を開発しようとしているならば、10,000kmを超える射程のミサイルを必要とする。事実、今回のロケットの推進力はそれ以上の能力があったと評価されている。その場合、ミサイルは1000kmをはるかに超える高度の宇宙に達する放物線軌道を描かなければならない。しかし、実際にはロケットは高度2-300kmで上昇を抑え、水平方向に推力を高め、結局高度500km近くの地球周回軌道に乗った。この発射様態は、人工衛星発射を計画したものでなくて何であろう。

 そのように装いながら、実はミサイル技術を磨いていたのだ、という議論はいつでもできるが説得力はない。特定の部品の性能チェック、ロケットの切り離し技術、などなど。しかし、これらのためであれば、人工衛星発射を装わなくてもミサイル発射実験をすればよい。安保理決議ではどちらも同じように禁止されているのだから。

 ICBMと衛星発射ロケット(宇宙発射運搬手段SLV=Space Launch Vehicle)の技術が似通っていることは論を待たない。アメリカにおいてもロシアにおいても、両者の開発は密接に関係してきた。1955年11月、米国に3年遅れて水爆実験を行ったソ連が、2年後に米国に先駆けてスプートニ1号を打ち上げたときの米国に与えた衝撃は、それが水爆を米国に落とすことができるというメッセージであった。ロシアが現在も使っているSLVソユーズは、ソ連の最初のICBMであるSS-6から派生、改良されて来たものである。アメリカのアトラスやタイタンもICBMとして短期間用いられた後、SLVとして多用された。中国の場合は、ICBMとSLVがほぼ並行して開発された。しかし、両者は一体ではなくむしろ相互に独立した事業であったと言われる。

 ICBMとSLVに交換可能な技術は多いであろうが、両者に適した技術は同じではない。ソ連のSS-6はICBMとしては使い物にならず短命に終わった。アメリカのアトラスやタイタンの設計はICBMとしては継続しなかった。
 北朝鮮の銀河(ウナ)SLVを使った一連の人工衛星発射が、偽装したICBM実験であると結論づける論理的な理由は、むしろ見当たらない。北朝鮮が核弾頭を載せて米国に到達するICBMの開発を目指していることは、北朝鮮の言動から考えても間違いない。もう少し正確に言えば、北朝鮮は米国に対する核兵器による報復能力を持とうとしている。しかし、北朝鮮がどのような核兵器によって核報復能力持とうとしているかを論じなければ、一般論以上の議論には踏み込めない。現在、北朝鮮はICBMと潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の両方の開発を誇示している。SLBM開発は外洋に出る潜水艦の開発を伴う必要があり、まだ10年以上の年月を必要とするだろう。ICBMはそれよりも進んだ開発段階にあると考えられるが、その目指す方向が銀河SLVの延長にあるテポドンICBM系であるかは疑わしい。

 今回の発射を含めて1998年以来の6回の発射のように、偵察衛星で丸見えでは発射基地は脆弱であり、危機においては米国の正確な先制攻撃によって破壊され、報復能力を奪われてしまう。北朝鮮は、米国の先制攻撃から守るために、頑丈な地下サイロから発射するICBMを開発するか、移動式の発射台に載せて平時はトンネル内に隠して配備する移動型ICBMを開発するか、いずれかの道を選ぶ必要がある。現在までのところ、サイロ発射に向かう開発計画は検出されていない。一方、ファソン(火星)13あるいはKN-08と呼ばれる移動式ICBMの開発が検出されている。米国防総省を含め専門家の多くは、銀河SLVのミサイル化について全否定はできないものの、その単純延長線に北朝鮮ICBMを予想するのではなく、ファソン13の行方に強い関心を持っている。

 一方、98年のテポドン発射以来、北朝鮮は一貫して人工衛星そのものに強い関心をもって追求してきたと分析して、大きな矛盾は感じられない。それは小さな社会主義国の国威発揚に格好の事業であろう。実際、韓国よりも早く9番目の自力衛星発射国になった実績を勝ち取った北朝鮮は、韓国に追いつかれてはならないという圧力の下に置かれている側面を見逃すことができない。
 加えて今回の発射に関しては、5月に予定されている36年振りである朝鮮労働党大会という金正恩体制の命運をかけた一大イベントとの関係が重要であろう。金正恩体制にとっては国を挙げて祝い誇示したい成果が求められている。私見では、1月の核実験も今回の衛星発射も、失敗のリスクのある新しい要素を組み入れた挑戦を避け、過去の実績のすぐ延長上にあるリスクの少ない実験を行った可能性が高い。核実験は前回の繰り返しであるとほとんどの科学者は評価した。衛星発射も前回とほぼ同型のロケットと同様な落下物の警戒水域の設定で行われた。これに関しても多くの専門家が前回との類似性を指摘している。もちろん、これらの実験によっても技術は一歩一歩向上するであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月19日 (金)

参議院「国際経済・外交に関する調査会」参考人意見陳述

(2016年2月17日の参議院調査会の参考人意見陳述の口述原稿です。発言そのものは国会議事録に掲載されます。)

 貴重な意見表明の機会を頂き有難う御座いました。
 私は大きくは「グローバルな核軍縮外交の現状」と、それと密接に関係して「日本の核兵器依存政策の転換の必要性」という2つの話題について意見を述べさせて頂きます。

§グローバルな核軍縮外交の現状
1.核軍縮の停滞
 グローバルな核軍縮の現状は、何よりも核軍縮の停滞によって特徴づけられます。2015年のNPT再検討会議が合意文書なしに終わったことは、それを象徴する出来事でありました。実際には、その困難はより実質的なところに現れています。

 第一にしばらく続いていた核弾頭数の削減が停止しているという現実があります。
 まず、各国の核弾頭保有数の現状を図表1でご覧ください。現在地球上に存在する推定15,700発の核弾頭の94%を米国とロシアが保有しています。ところが、図表2に見られる通り2010年頃までは漸減していた米ロの配備戦略核弾頭数の削減は飽和状態に達し、それ以後はほとんど削減されていません。新START条約により、米ロは2018年までに配備戦略核弾頭を1550発まで減らせる約束ですが、目標は事実上すでに達成されているにも拘わらず、米ロ関係の悪化によって、その先の削減の見通しが全くありません。

 第二に、逆に米ロとも、核兵器の近代化に巨額の投資をしている現実があります。
 米国においては、今後10年に核兵器の維持と近代化に3500億ドルを費やそうとしています。これは冷戦期をはるかに超える投資です。一方、ロシアにおいては、ソ連崩壊後の遅れを取り戻すための野心的な近代化が謳われ、その結果が顕著に現れ始めています。
 詳細はレジュメに掲げましたので省略しますが、少なくとも2020年代半ばまでを見通し、両国とも新世代核戦力建設を進めており、核不拡散条約(NPT)第6条で定められた核軍縮義務を誠実に履行しようとしている兆候を見ることはできません。米ロ以外の核兵器国の動向も同様です。

 さらに第三の問題点があります。それは、NPT上の核兵器国である5つの国連安保理常任理事国、いわゆるP5の核軍縮への共同意思形成がどの段階にあるか、という問題です。2009年以来、NPT義務の履行に関してP5の実務者会議がほぼ定期的に開催されてきました。しかし、5か国の会議は核兵器削減について話し合う段階のはるか手前の状態に留まっています。フランスは米ロに続いて約300発の弾頭を有し、中国は260発を有していますが、米ロとの保有量の差は大きく、両国とも米ロがまず自分たちと同レベルまで削減する責任があると強調しています。
 私の見解では、米ロのそれぞれの核弾頭が500発になる点がメルクマールになると思われます。オバマ大統領は2013年のベルリン演説で配備戦略核弾頭を約1000発まで削減可能だと発表しました。同じ頃、ジェームス・カートライト元米軍統幕副議長(2007-2011)は、米国の安全を損なうことなく500発まで削減可能と発表しました(2012年)。5か国が削減を話し合うテーブルに着くということは、画期的な意味を持ちます。核保有数を決定する根拠をとなる核抑止論は、相互不信の下で最悪を想定する理論ですが、削減テーブルの実現はその前提を変えることになり、大きな変化を生む可能性があるからです。

2.核軍縮のための国連公開作業部会(OEWG)の重要性
 このような核軍縮の停滞のなかで、マルチの核軍縮外交は、新しい展開を見せています。
 2010年NPT再検討会議最終文書は、NPT文書として初めて、核兵器使用の「人道上の結末」について次のように言及しました。「核兵器のいかなる使用も壊滅的人道上の結末をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなるときも、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」。これを受けて、2013年以来、核兵器の人道上の影響に関する3回の政府主催会議が開催されました。ノルウェー、メキシコ、オーストリアが開催国でした。これらの会議は、医学、環境、経済、社会などに関する事実ベースの情報や科学的知見を改めて再検討し集積する試みでありました。それらの過程で、新しい科学的知見も得られました。例えば、冷戦期において指摘されていた「核の冬」について、気象学者の最新のシミュレーションは、地域的な核戦争であっても、5年間にわたり地球上の穀物生産が10~40%低下する、いわゆる「核の飢饉」をもたらす可能性を示しました。
 これらの「人道上の結末」についての再認識は、核兵器の法的禁止への国際世論の高まりを生み出しました。

 このような経過の中で、メキシコ、アイルランド、オーストリアなどが主導して昨年12月7日、国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/70/33)が採択されました。決議は核軍縮交渉を前進させるための公開作業部会(OEWG=Open Ended Working Group)の設置を決定しました。部会に与えられた主要な任務を正確に読みますと「核兵器のない世界の達成と維持のために締結される必要のある具体的で効果的な法的措置、法的条項および規範について、実質的に議論する」という内容です。部会はジュネーブの国連本部において、2月、5月、8月の計15労働日の限度で開催されます。
 この部会は小さな始まりですが、核軍縮について「法的枠組み」を議論する初めての場となり、画期的な意味があります。

 しかし状況は複雑です。決議は賛成138、反対12、棄権34で採択されましたが、そこには意見の分岐の構造が明確に表面化しました。圧倒的多数の国が賛成したことは事実ですが、P5すべてが反対しました。バルト3国・ハンガリー・ポーランド・チェコなどNATOに加盟した東欧諸国の多くも反対しました。また、カナダ、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギーなどNATO加盟の主要な西欧諸国とオーストラリア、日本、韓国というアジア太平洋の米国の同盟国すべてが棄権票を投じました。インドとパキスタンも棄権しました。投票の分岐の基本的な構造は明瞭です。日本が核抑止力依存の安全保障政策との整合性のために賛成できないと説明したことに現れているように、核兵器の保有国と依存国が反対もしくは棄権し、非依存国が賛成したことになります。<保有国・依存国>対<非依存国>という分岐です。

§日本の核兵器依存政策の転換の必要性
1.時代の要請
 マルチの外交努力の積み重ねの結果、やっと実現した核軍縮の「法的枠組み」の協議の場において、日本が果たすべき役割が問われています。戦時使用された核兵器の「人道上の結末」を体験した唯一の被爆国である日本が、核抑止力依存の安保政策のために「法的枠組み」の議論を回避するとすれば、日本に課せられた歴史的使命に背を向けることになります。日本はこの局面に正面から向き合い、日本の安全保障政策の核兵器依存からの脱却を構想すべきです。「法的枠組み」を巡る<保有・依存国>対<非依存国>の分岐の顕在化は、ブリッジ役を果たしうる有力な国の存在を必要としており、日本が政策転換によってその役割を果たすことができると考えます。
 日本が核抑止力に依存しない安保政策をとることを求める時代的要請は他にもあります。それは、北朝鮮が核兵器開発を合理化している論理を根本から批判し、北東アジアの安定的な非核化を実現するためには、核兵器国である米国や中国ではなく、核兵器に依存しない地域国家のリーダーシップが必要だからです。さらに、被爆者の平均寿命が80歳を超えた今、彼らの存命中に核軍縮問題における日本のリーダーシップを確立するという意味でも、現在のチャンスは、失ってはならないチャンスです。
 これは、事務レベルだけではなく、政治家レベルのリーダーシップが必要な局面であると考えます。

2.非核兵器地帯という選択肢
 中国の核実験(1964年)以来、日本の安全保障に関わる核兵器政策は<核武装>か<核の傘(拡大核抑止力)依存>かという2者択一論に支配されてきました。日本は、被爆体験に根差す強い反核世論の中で1968年に非核3原則と<核の傘>依存政策を確立し、一方でグローバルな核軍縮に努力するという政策の柱を立てました。
 しかし、非核兵器地帯を設立するという、<核武装>や<核の傘>のどちらでもなく、核兵器に依存しないもう一つの選択肢があります。非核兵器地帯は、1967年にラテンアメリカで初めて成立し、現在までに5つ地帯が国際条約によって実現している実績のある制度です(図表3)。すべての非核兵器地帯は、法的拘束力をもって少なくとも次の3要素を国際条約によって規定しています。①核兵器の不存在、②核保有国が地帯に対して核攻撃も攻撃の威嚇もしないという消極的安全保証、③条約の遵守、検証を保証する制度の確立、の3要素です。

3.北東アジア非核兵器地帯設立への包括的アプローチ
 2015年3月、私がセンター長を務めた長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)は、3年間の研究の成果として北東アジア非核兵器地帯を実現するための方法論を提言しました。そこで提案された非核兵器地帯は、スリー・プラス・スリーと呼ばれる6か国条約を基本としたものです。この構想では、3つの地帯内国家(日本、韓国、北朝鮮)が非核国として地理的な非核地帯を形成し、3つの周辺核兵器国(米国、ロシア、中国)が地帯への消極的安全保証と核兵器不配備の義務を負います。
 これによって、関係国はウィンウィンの利益を得ることができます。日本は中、ロの核の脅威から自由になり、北朝鮮は米の核の脅威から自由になり、米国や韓国は北朝鮮の核開発を押さえこみ、中国は日本の核武装の懸念を払拭できます。国際社会は、北東アジアを引き金とする核のドミノ現象を防止することができます。核兵器の役割を実質的に低減し、グローバルな核軍縮に貢献します。
 これをいかに実現するかに関して、著名な国際政治学者であり米大統領の特別補佐官を務めたモートン・ハルペリン博士が、2011年、包括的協定というアイデアを提案しました。RECNAはこれを精査し、4章からなる包括的枠組み協定を提案致しました。協定の締約国は先に述べた6か国を基礎に、章ごとに適切な国を追加します。
 4章の内容は次の通りです。
 第1章:朝鮮戦争の終結の宣言と締約国の相互不可侵・友好・主権平等などの基本原則。
 第2章:核を含むすべての形態のエネルギー開発の権利と地域安定と南北統一に資するエネルギー協力委員会の設置。
 第3章:北東アジア非核兵器地帯を設置するための条約。
 第4章:常設の北東アジア安全保障協議会の設置。第一義的には枠組み協定の履行を保証し、他の地域安保問題の協議に資する。
 RECNAの提言は、十分な事前準備の後、6か国協議をこのような新鮮なビジョンをもって再開することを提案しています。
 北朝鮮を関与させる可能性はあるのか、という疑問が必ず出されると思います。私は、可能性は十分にあると考えます。北朝鮮の最近一年の言動を振り返ったとき、幾つかの関与の窓が開いていました。2015年1月に北朝鮮は核実験中止と米韓合同演習の中止を取り引きする提案を米国に行いました。2015年10月には、朝鮮戦争の停戦協定を平和協定にする交渉を、李沫墉(リ・スヨン)外相が国連総会で行いました。この内容は他の機会にも繰り返されています。
 安保理における制裁問題に関心が集中せざるを得ない当面の情勢では困難が続くと思います。しかし適切なタイミングが到来すると考えます。その場合においても、日本がリードして米・韓と事前の合意形成を図ることが重要であると考えています。
 ご清聴有難う御座いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月19日 (土)

オバマ・ビジョンの岐路:核兵器廃絶運動の今を考える

日本は変わってこそブリッジ役を果たし得る
人道も安全保障も中味が問われる

被爆70年は核兵器廃絶運動に大きな宿題を残して閉じようとしている。現在の困難を人道アプローチと安全保障論の対立と捉えるのは誤りである。人道の中味と安全保障の中味から、核兵器に支配された世界を捉えなおすことが求められている。2006年に始まったオバマ・ビジョンの意味を問い返し、日本の為すべきことを考える。

共同意思の消失と対立点の先鋭化
 戦後70年、被爆70年の年が終わろうとしている。しかし、「核兵器のない世界」(非核世界)に向かう道には、あらためて大きな壁が立ちふさがっていることを、多くの人が感じている。私たち周辺の核軍縮派リアリストのなかには、「予想通りの結果」、もう少し意地の悪いときは「それみたことか」というニュアンスの意見が出ている。私たちは、オバマ政権の登場以来の深刻な岐路に直面している。
 春の2015年NPT再検討会議において、最終文書が採択されなかったこと自体は予想を超える出来事ではなかった。しかし、2010年再検討会議で前進した合意の水準を、一歩でも前進させようとする共同意思が見られなかったことは深刻な事態であった。オバマ・ビジョンとは、当時筆者が要約したように、「国際的協調による非核世界の達成」注1)であった。
 具体的には2010年にNPT合意文書として初めて登場した「核兵器使用の人道上の結末を基本認識とした国際法遵守の義務」及び「核兵器のない世界を達成し維持するための法的な枠組みを確立する必要性」という、2つにして1つの課題が、2015年においては加盟国共通の議論の出発点になり得なかった。この事態は、2010年以後の5年間に努力がなかったからではなくて、同志国家と市民社会がこの課題に集中して取り組んだがゆえに現れた現実であった。(背景としてNPT再検討会議における合意の歴史的な限界という問題があるが(注2)、ここでは触れない。)
 この共同意思の欠如は秋の国連総会においてますます顕在化した。のみならず、共同意思の欠如はむしろ対立点の先鋭化に発展した。

人道的アプローチを巡る対立
 一つの現れは、オーストラリアが27か国を組織して、非人道性を論拠とする核兵器禁止の動きにブレーキをかける先頭に立ったことに現れている。27か国には西側の拡大核抑止力に依存しているドイツ、イタリア、カナダなどNATO主要国、オーストラリア、韓国などが名を連ねている。彼らの論理は「核兵器使用の人道上の結末を強調することに異論はないし、この間の核兵器国の核軍縮のペースが遅すぎるという批判も共有する」としながら、「グローバルな安全保障環境や自国の安全を考慮する立場を軽視する議論は建設的ではなく、現に国際的な核軍縮努力に意見の対立をもたらしている」(注3)というものである。
 今回の国連総会には、核兵器の非人道性に関する3つの決議が採択された。「人道上の結末」(日本は賛成)、「人道の誓約」(日本は棄権)、「倫理的至上命題」(注4)(日本は棄権)の3件である。27か国は一致して、この3つの決議に反対ないし棄権している。南アフリカが主導した「倫理的至上命令」に対しては、ジョージア以外の26か国がすべて反対した。日本は、すでに共同声明において賛同している内容の決議(日本の強い世論の要求があった(注5))である「人道上の結末」決議には賛同せざるをえず、27か国声明に加わっていない。しかし、日本・オーストラリアが主導する核軍縮・不拡散イニシャチブ(NPDI)の広島宣言(2014年4月12日)が、人道上の影響についての議論は「包含的で普遍的であり、非核世界に向かう結束した行動の触媒となるべきである」(注6)と述べていたことに照らすと、日本も27か国と近い主張をもっていると考えてよいだろう。
 日本の不明瞭な立ち位置にもかかわらず、国内世論に押されて生み出された、日本の「非人道性を核軍縮アプローチの基礎とすべきとする論理」と「被爆体験を強調する論調」への傾斜は、日本主導の核軍縮決議に対する警戒や批判としても表面化した。これまで日本決議に賛同していたオバマ政権の米国をはじめ、英、仏が棄権し、棄権していた露、中が反対に転じた。この変化は、人道アプローチが生み出している警戒感の強さを示す重要な指標であろう。

法的枠組みの協議を巡る対立
 対立激化のもう一つの現れは、非核世界を達成し維持するための法的枠組みについて協議する場の設立に関して起こった。
 メキシコ、アイルランドなどが主導した決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」は、今回の国連総会決議の中でもっとも実質的前進を示すものであった(注7)。決議のタイトルにある「交渉」の場ではなくて「協議」の場にするという妥協を強いられながらも、決議は国連総会の下部機関である「公開作業部会」を2016年に設置することを決定した。
 この決議に138か国が賛成、12か国が反対、34カ国が棄権した(12月7日)。核兵器国はすべて反対するとともに、上記のオーストラリアが組織した27か国は、ジョージアを除いて全て棄権もしくは反対であった。ここでは日本も棄権したから、対立の構図は明確であった。それは<核兵器国・「核の傘」依存国>対<それ以外の非核国>の対立ということになる。
 核兵器国は、5か国共同の声明によって、決議は「安全保障上の考察を無視して核軍縮を促進することを意図している。我々には、このようなアプローチで具体的進捗を得ることができるとは考えられない」「この分裂主義的アプローチを憂慮している」と厳しい批判を述べた(注8)。

オバマ・ビジョンとM・カンペルマン
 この対立現象から読み取るべき、真の問題点は何だろうか。
 人道アプローチと安全保障上の考察が対立概念として表れている議論の組み立てにこそ問題がある。
 オバマ・ビジョンが登場したとき、私は「倫理ではなく安全保障の問題として核兵器廃絶を訴えた」と認識した。それは批判を含んだ客観的評価であった。しかし、今日の議論と重ねるならば、オバマ・ビジョンを生み出した良質な論者は、倫理の問題を安全保障に翻訳して提案をしたと捉えることができる。
 オバマ・ビジョンは、キッシンジャーら4人の元米高官の『ウォールストリート・ジャーナル』論文に端を発していることはよく知られている。その論文は、実はスタンフォード大学フーバー研究所で開催された米ソ首脳のレイキャビク・サミットの20周年記念シンポジウムから生まれた(注9)。シンポジウムの報告が単行本(注10)になっているが、そこに記載されている、かつて感銘を受けたマックス・M・カンペルマン(注11)の論考を、今回改めて読み返した。
彼は、奴隷制度があり、女性の権利が奪われ、投票に財産資格があった時代に、アメリカ独立宣言が万人の平等と自由を謳いあげたことを想起しながら、政治は「ある」ものを「あるべき」ものに転換する歴史だと述べる。核兵器に関して、彼の論理は明快であって、一部の国のみが核兵器を持っているという「ある」ものの理不尽は許されるべきものではなく、必ず崩れる。彼は言う。

 「“5つの安保理常任理事国が核を持っている、インドもパキスタンも持っている。イスラエルも持っている。どんな権利があって、我々はあなたたちよりも劣った国だから持つことができないと言うのか”という議論に勝つことは出来ない。」

 核兵器ゼロは、すべての国にとって利益であって、いかに困難であっても、「ある」ものを「あるべき」ものに変えるために、最も多くをもっているアメリカこそ行動すべきだ。彼は、9.11後の世界でテロリストに核兵器がわたる危険についても強調しているが、貫かれている精神は全ての国家の主権の平等であり、自分たちこそが行動すべきという倫理観である。その上で、彼は国連がその行動にふさわしい場だと主張した。
 オバマ・ビジョンを牽引したカンペルマンの主張に照らすと、人道アプローチと安全保障論を対置させる議論は見当はずれである。その意味で米国代表がNPT再検討会議で述べた次の言葉は正しい。

 「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末に対する我々の明確な理解と認識こそが、数十年の時を遡って、この領域における我々の全ての努力を下支えし続けている。」
 「問題は核兵器が安全保障の問題か人道上の問題かということではありません。」(注12

 ここで本当に問うべきことは、核兵器がもたらしている人道上の問題とは、核使用・事故が生む被害だけではなく、人類社会を歪めている政治的権利の不平等であり、安全保障の問題とは、何から誰を守る安全なのかという安全保障の中味なのである。

隗より始める倫理性
 オバマ・ビジョンが「国際的協調」を強調しているのは、責任回避ではなく考え抜かれた末の思想である。その基底には、まず米国が行動するという原則とロシアを説得するという現実的指針が存在している。
 今日の米国においてオバマ・ビジョンが新鮮さを取り戻すことは可能だろうか?私にはよく分からないが困難なように思われる。核兵器の近代化に巨額を投じ手垢にまみれてしまったオバマ大統領が、任期中に実質できることは少ないだろう。しかし、非核世界の価値とそのために人類が共同の事業に取り組む必要性について、自省の念も含めて改めて訴えることはできる。長崎か広島に来て。
 一方で、オバマ・ビジョンを再生させる役割は、日本こそが担うべきであると私たちは強く思うべきである。
 2015年、日本の核軍縮政策もまた明確な岐路に立たされている。日本主導の国連総会決議に、西側核兵器国は賛成から棄権に後退、露中は反対に後退した。日本政府は保有国と非保有国の橋渡し役を果たすと言ってきた。しかし、前述したように、現在において橋渡しが必要なのは、核保有国・依存国と非依存国の間であり、両者に対して説得力を持つことが求められる。
 人類の共同事業をリードするために、日本こそ隗より始めなければならない。日本はまず核兵器依存国から転換する方針を表明すべきである。そのことによって初めて、日本の被爆体験が倫理性をともなった説得力となって日本の橋渡しの役割を支えることができる。


1 梅林宏道「核軍縮:2008-9年の概観」(『イアブック核軍縮・平和―2009-10』、NPO法人ピースデポ、発売元高文研2010年5月15日)
2 梅林宏道「核兵器廃絶運動の今後」(『核兵器・核実験モニター』475号、2015年7月1日、NPO法人ピースデポ)
3 27か国を代表したオーストラリアの声明、
2015年11月2日。国連サイトから検索。
https://papersmart.unmeetings.org/ga/first/
4 『核兵器・核実験モニター』482-3号(2015年11月1日)に全訳。
5 『核兵器・核実験モニター』435号(2013年11月1日)に内容と経過。
6 広島宣言は以下。文中の日本語訳は筆者。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000037074.pdf
7 詳しくは『核兵器・核実験モニター』485号(2015年12月1日)を参照。
8 注7に核兵器国の反対理由の全訳がある。
9 たとえば、『核兵器・核実験モニター』301号(2008年4月1日)。また、注1参照。
10 Sidney D. Drell and George P. Schultz, "Implications of the Reykjavik Summit on Its Twentieth Summit," Hoover Institution Press, 2007
11 Max M. Kampelman。カーター、レーガン大統領時代の対ソ交渉を担った米国の外交官。若い頃、平和主義者として第2次世界大戦への兵役を拒否した。
12 ロバート・ウッド米軍縮会議特別代表。『核兵器・核実験モニター』474号(2015年6月15日)に全訳。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月30日 (月)

「核の傘」政策を変えることに集中すべきではないか?

好戦的指導者の下で迎えた被爆70年
 70年の歳月は十分に長い歳月である。
 敗戦を教訓にしたはずの日本は、侵略戦争を正当化する歪んだ歴史観を持つ安倍晋三氏を指導者に選ぶまでに変容した。安保法制を議論する国会は憲法九条のもとで、どこまで武力行使ができるかを議論するという本末転倒の場になっている。安倍首相が仕掛けた土俵によって、防戦する側もそこで戦わざるをえない。実際にはこれは罠である。首相は自衛隊員をできるだけ危険に近づけて、犠牲者が出ることを待っているのではないか。その時こそ、それを防ぐには一歩先んじた軍事力の行使が必要であると国民を説得できるに違いないと。
 国民をより危険に曝す方向であることを知りながら、「国民の生命と財産を守るため」と安倍晋三氏は恥ずかしげもなく言う。先の戦争は国民の生命と財産を守ったのか。指導者たちが政治を過ったのではないのか。指導者になるに当たって政治家・安倍晋三はそこをどう総括し、反省しているのか?国会はこのような根本問題を質すべきである。
 国民を守るための「切れ目のない政策」と言う。国民が危険に曝され「止む無し」と罠にはまりそうな軍事シナリオを捻り出して、こんな場面では集団的自衛権を行使せざるを得ないという。その手に乗ってはならない。そもそも軍事シナリオで切れ目のないシナリオを描くなどということは無意味である。そのような場面に至る前に打つべき手は、切れ目なくいくらでもある。それが軍事的な手段である場合には、事情は敵にとってもまったく同じである。打つべき手を打たせないことが重要だと考えれば、敵にとっても遡って打つ手は切れ目なく存在する。戦争とはそういうものである。だから、戦争状態や戦争直前状態に近づいてはならない。国会ではこのようなことを議論すべきである。
 「国民の生命と財産を守るために切れ目のない政策を講じる」という首相の言辞に偽りがないとすれば、首相はなぜ真っ先に、日本に対する核兵器使用のリスクをゼロにする努力をしないのか?一たび核兵器の使用があれば、おびただしい数の国民が被害を受けるのみならず、被害者を救護する手段が残されていない。日本は唯一そのことを実体験した国である。そのうえ、核兵器の人道的影響を検討した3回にわたる最近の国際会議で、そのことが繰り返し確認された。米国の「核の傘」に頼ることでは核兵器使用のリスクをゼロにできない。それどころか、日本が米国の核兵器に頼ることが必要だと言う同じ論理によって北朝鮮の核開発が正当化され、核兵器使用のリスクを高めている。
 核兵器であるか通常兵器であるかに拘わらず、そもそも抑止論と憲法九条は両立しない。抑止は破られることを想定して抑止力を発揮する。米国の場合、抑止と同時に「抑止が破れたときに敵を殲滅する」という教義を掲げて抑止論が成立している。「武力による威嚇と行使を放棄する」と謳った憲法の下において、抑止論は「攻撃を思い留まらせる自衛のための抑止力」という理屈においても完結しない。上記のような、自衛のために「切れ目のない」抑止力という無限地獄に陥っている現実が、その破綻を示している。抑止論による安保論議は「憲法9条は変えなければならない」という議論を誘う罠である。

被爆コミュニティという平和基盤
 単身赴任であり横浜と往復する形であったが、私は今年の4月までの3年間を長崎大学で過ごすことが出来た。その中で、被爆したコミュニティが年輪を重ねながら到達している現在の姿に、不十分ながら触れることが出来た。「触れる」というより「感じる」といったほうが適切かもしれない。かねてから、被爆者だけではなく被爆コミュニティを対象化することが大切ではないかと感じていたが、そのことを改めて実感した。
 被爆者が体験の記憶を語る行為とは別に、広島でも長崎でも、被爆者が被災地の一軒一軒を復元する地図の作成に参加することを通して、被爆時の人のつながりを再確認する歴史があったことを知った。被爆死者を思い出し、自分が生きていることを再認識し、被爆の瞬間から親族、隣人、縁故者がどう交わり、交わらなかったのかを想起し、辿りえない記憶が無数にあることを知る…などなど、被爆コミュニティの原体験を対象化する営みがあった。国家権力の行為によって、一つのコミュニティの人間と財産とそれらの関係の全体が、ある日突然に破壊された。そこから回復するプロセスとは、このようなコアとなる被爆死者・被爆者のつながりの基礎のうえに無数の直接、間接のコミュニケーション、交流、関与のプロセスであり、それを繰り返す年月の積み重ねがあって今日がある。
 私が関心を寄せるのは、そのようなプロセスにおいて、被爆コミュニティが非被爆者を巻き込み拡大してゆくプロセスである。とりわけ、さまざまな論争が沸き起こった機会を通して、被爆コミュニティは広範なテーマについて共有される理解の範囲と深さを計測し確認していったと考えられる。このプロセスはコミュニティの周辺部にコミットする人々の輪を創り出した。広島市が平和記念都市建設法、長崎市が国際文化都市建設法を憲法95条に基づいて住民投票するプロセスは被爆コミュニティをどう変えたのだろうか。被爆者救済のさまざまな立法に関わる論争はどうであっただろうか。平和教育に関する論争はどうか。被爆者が、市が主催する8月9日の式典について疎外感を覚える趣旨を述べた文章を読んだことがあるが、コミュニティの拡大はこのような新たな争点を生み出しながら新たなコミットする人々を生み出した。
 どこまでが被爆コミュニティなのかという境界を定義することは簡単ではない。しかし、広島市、長崎市を一歩出れば、市民の平和活動に対する自治体の理解度に雲泥の差があると多くの人々が言う。このように被爆コミュニティは確実に存在する。私自身、被爆コミュニティの周辺に位置し始めているのだろうと自覚する。そして、被爆体験の継承という文脈における議論は深められなければならないが、被爆コミュニティが戦後日本の平和主義を継承する基盤としての役割を果たしうると強く感じる。
 誰がそのコミュニティに属するかではなくて、今日においてそのコミュニティの属性は何かを明らかにすることが必要だ。私には、単純なようだが、「核兵器は悪である。二度と被爆者を作らない」という核兵器に関する認識と「戦争はむごい。戦争を始めてはならない」という不可分の二つの要素が、今日も被爆コミュニティの基本的な属性になっていると理解される。
 冒頭に述べたような被爆70年における日本の状況を考えたとき、このエッセイのタイトルに辿りつく。
 被爆コミュニティはいま、「核の傘」政策を変えることに集中すべきではないか?(2015年7月7日記)

証言 第29集』所収(2015年11月20日、長崎の証言の会)

| | トラックバック (0)

2015年11月23日 (月)

対印原子力協力は、核拡散ではなく核軍拡への協力

対印原子力協力は、核拡散ではなく核軍拡への協力
――インドは南アジアを超えて世界の核軍拡を助長する

 貪欲に武器輸出と原発輸出を推進するアベノミクスが、日印原子力協定に突き進もうとしている。インド国内で使用される核技術や核物質において、軍用と民生用の区別をすることが無意味であることは誰の目にも明らかだ。外から供与された機器や物質が仮に民生にのみ使われたとしても、それによって余裕ができる国内資源を、インドはそれだけ多く核兵器に回すことができる。

 インドの核兵器増強は新しい段階に入っている。南アジアのインド・パキスタン核兵器競争を牽引しているのみならず、中国との関係を通して世界の核兵器競争を後押しする段階に来ている。

 インド核戦力に関して注視すべきことの一つは、イギリスもフランスも戦略核兵器の3本柱を放棄している中で、米国、ロシア、中国についで戦略核の3本柱を保有する4つ目の国になろうとしていることであろう。すでに地上発射弾道ミサイルと航空機搭載の核戦力を配備しているインドは、最初の戦略原潜アリハント(サンスクリットで「敵を打ち負かす者」)の初期航海を2014年に終えた。今月にも最初の潜水ミサイル発射テストを行い、来年2月にも就役する予定であると報道されている。これは中国を凌ぐペースである。中国がNPT加盟国として核軍縮義務を負い、国際的な圧力の中に置かれているのに対して、NPT非加盟のインドは誰からも制約されずに核軍拡を続けている。インド核戦力の戦略的意図は、これまで主要には中国との関係に焦点を当ててきた。しかし、今後は中国をより強く意識した、新しい競争を強いられることになる。このことが世界の核軍縮の障害となることは避けられない。
 因みに、インドの核弾頭数は現在110~120発と推定されているが、毎年20発程度増強している。中国は現在260発程度と推定されるが、増加速度は10発程度以下と予想される。インドの弾頭数が中国に近づくとき、これまでの中国の抑制的姿勢が変化する可能性があるだろう。

 パキスタンはインドと違って、自国の核戦力を一義的に対インドの戦略関係において組み立ててきた。核兵器使用がもたらす地球規模の気候変動の問題が、南アジアにおけるインド・パキスタン間の核兵器の撃ち合いを想定して議論されてきたことに象徴されるように、この地域の核バランスのリスクは極めて大きい。とりわけ、カシミア紛争に起因するパキスタンの過激派グループに対して、インドが攻撃的な「コールド・スタート・ドクトリン」の適用を示唆する最近の情勢において、リスクはいっそう高まっている。インドの攻撃的ドクトリンに対して、通常兵器における劣勢を意識するパキスタンのチョードリー外相は、10月20日、核兵器の先行使用で対抗すると表明した。ここでは、2キロトン以下の戦術核兵器ナスルの使用が想定されているとされる。そして、私たちにも馴染みの深いペルベス・フードボイ博士によれば、この規模の戦術核使用は全面的な核戦争には至らないという読みがパキスタン当局にはあるという。しかし、彼も言うとおりこの読インドの核兵器増強は新しい段階に入っている。南アジアのインド・パキスタン核兵器競争を牽引しているのみならず、中国との関係を通して世界の核兵器競争を後押しする段階に来ている。みは極めて危険である。インドとの原子力協力によってインドの核軍拡を容認する行為は、このような南アジアにおける印パ核軍拡競争を煽ることにつながる。

 その上、インドの核兵器増強のペースを決定する因子は、運搬手段の開発ペースと核分裂物質の生産ペースの両方であるという現状に注目すべきである。中国以外のNPT上の核兵器国では、兵器用核分裂性物質(濃縮ウランとプルトニウム)を過剰に保有しているが、インド、パキスタン、中国は、世界的な核軍縮の約束が確立されない限り、兵器用核分裂物質の生産の継続が必要だという立場である。したがって、日本の原子力協力は、インドの兵器用核分裂性物質の生産を助け、核兵器増強に協力することを意味する。

  日本政府は、最近の国連総会で提案した新核軍縮「日本決議」において、インドを含むNPT非加盟国に対して、非核兵器国としての早期の無条件NPT加盟を要求したのみならず、NPTに加盟するまでの期間においても「NPTの諸条項を守り、NPTを支援する実際的措置をとる」よう要求した。上記のような状況下における日印原子力協力は、日本自身が自らの決議に反する行為に走ることを意味する。

| | コメント (0)

2015年9月 7日 (月)

書評:被爆者の記憶と国際政治の間の往復運動

(奥田博子「被爆者はなぜ待てないか―核/原子力の戦後史」への書評)

 主タイトルを「被爆者はなぜ待てないか」とし、副タイトルを「核/原子力の戦後史」とした本書のタイトルは、本書の特徴を象徴的に表している。著者は、強い思いをもって被爆者の言葉に寄り添いながら同時代の私たちがなすべきことは何かと自問する。その答えが被爆者の言葉の中にある訳ではない。著者は核を巡る戦後の国際政治を分析し問題のありかを客観的に解明しつつ指針を見出そうとする。このような被爆者の記憶と国際政治の間の往復運動こそが本書の大きな特徴となっている。著者が「俯瞰的かつ虫瞰的な視点」と呼んでいるものがそれであろう。
 序章と終章を含めて11章から成る本書のちょうど真中に第5章「被爆者の『声にならない声』」が置かれる。この構成は、やや唐突な印象を与えたが、全章にちりばめられている多くの被爆者の言葉では逸散する虞のある被爆体験の全体像をこの章で組み立てており、結果として本書において効果的な働きをする章となった。
 著者が述べているように、「被爆者はなぜ待てないのか」というタイトルは、米公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キングの著書『黒人はなぜ待てないのか』から来ている。著者は、「被爆者とは誰か。被爆者は何を待つのか。そしてなぜ待てないのか。」という問いを投げかけることから本書を始めた。そして、書き上げた内容を総括しながら、その回答を示すことによって本書を閉じている。
 「誰か」という問いに対して、著者は、広島、長崎における国境を越えた被爆者のみならず、原水爆が作られるまでのウラン採掘、研究・開発・実験などすべての段階で生み出された被曝者、核実験場周辺住民の被曝者、さらには「核(兵器)開発のために『人体実験』の対象にされた民間人やスリーマイル島、チェルノブイリ、福島といったさまざまな原発事故に偶然居合わせた人びと」などを数え上げた。
 「何を待つのか」という問いへの答えは、直接的な記述ではないが、核兵器の禁止と廃絶のみならず脱原発を含む「核なき世界」、さらには「戦争のない世界」の実現であり、そのために必要な政治党派を超えた自発的な市民運動の継続である、と述べているように思われる。
 「なぜ待てないか」という問いへの著者の答えは、前の2つの答えと違って暗示的である。著者は問いと同じキングの著書から引用して「正しいことをおこなうためには時期はいつも熟している」からである、と答えている。この暗示の背後に、読者は「悪意のひとびとのほうが、善意のひとびとよりも、ずっと効果的にときを利用してきた」という時間の経過に対するキングの思いと、広島、長崎、ビキニ、福島を経験した日本の市民こそが、今という切迫した核時代において「日本政府に政策転換を迫っていくべきときなのである」という著者の主張を汲み取ることができる。
 著者の思索における往復運動が、実践とアカデミズムとの往復運動によってさらに豊かな実を結ぶことを期待したい。(2015年9月7日、『公明新聞』掲載)

| | コメント (0)

2015年6月 1日 (月)

NPT再検討会議は核兵器廃絶への主戦場ではない

 1995年のNPT再検討・延長会議以来、核兵器廃絶あるいは「核兵器のない世界」の達成と維持に関心をもつ政府、研究者、市民社会の大部分は、NPT第6条の履行追求を、その主戦場と考えてきたと言ってもよいだろう。しかし、今回の再検討会議はそのような考え方を見直す好い機会だと考える。
 と言ってもNPT再検討プロセスを見限るという意味ではない。再検討会議は5年毎に必ずやってくるし、当面は準備委員会も続く。核兵器国がすでに核兵器廃絶義務を負っているこの条約の完全履行を求めるプロセスを活用しない手はない。
 しかし、1995年会議を迎える時期とそれ以後の会議を含め、20数年間にわたって再検討プロセスを注視してきた筆者の経験を総括すると、このプロセスが核兵器廃絶のために実質的に何かを前進させたのは、当の1995年の会議だけだった。1995年会議はCTBTの1996年中妥結を実現させ(それ以前の蓄積が大きかった)、中東非核・非大量破壊兵器地帯の設立を不動の国際アジェンダとして確立した。これらを勝ち取ることができたのは、無期限延長か有期限延長かという強力なテコがあったからである。無期限延長によってそのテコを失って以後、最終文書が合意されるか否かにかかわらず、NPT再検討プロセスの実質的な成果は無いに等しい。
 NPTプロセスが「核兵器のない世界」達成へ実質的前進を勝ち取るテコは失われたと考えてよいだろう。しかし、そこで議論される論理と帰結する言葉の積み重ねが無意味であるとは思わない。NPT再検討プロセスは、核兵器廃絶の状況の整理(taking stock)と次の目標の開発(developing benchmarks)に有効な多国間会議と位置付けるのがよい。
 NPTと離れて、核兵器廃絶の実質を追求する場を構築すべきである。その観点から考えられるいくつかの場を例示したい。
(1)米ロの核兵器の大幅・迅速な削減を促す場(米ロが数百レベルまで核弾頭を削減すると、核保有国すべてが参加する核軍縮テーブルが可能になる。今回の会議で強調された「戦略的安定性」の議論、とりわけNATO諸国とロシアとの対話が重要と思われる。)
(2)国連総会が設置する「核軍縮のための効果的措置(法的条項を含む)」を議論する公開作業部会(OEWG)(今回の会議の採択されなかった最終文書案で勧告されたもの。米国もこれに賛同する用意があったと最終日に述べている。2016年はNPT準備委員会がない年であり、十分な時間をとって開催できる。将来への継続性を担保すべき。)
(3)人道的影響の知見の帰結として核兵器を国際法で禁止するための協議の場(上記OEWGは国連枠内での場の追求であるが、適切なイニシャチブ国家群が形成されるならば国連の外に法的協議の場を展望できる。)
(4)2018年までに開催される核軍縮国連ハイレベル会議の準備会議(すでに国連総会決議で開催が決定されているが、実質的な会議になるためには早期の準備が必要。上記OEWGと密接な連携が必要である。)

 RECNAポリシーペーパー<REC-PP-01>「2015年NPT再検討会議を終えて―その評価と今後の課題―」(2015年6月)の「あとがき」として書かれた。

| | コメント (0)

2011年9月14日 (水)

核抑止論の標的設定と核の傘

 今年の広島デーに出席した菅首相が記者会見で言った言葉はショックであった。彼は、核抑止力の必要性について聞かれたことに答えて「核兵器廃絶が実現すれば、核抑止力そのものが必要なくなる」と述べたのである(『朝日新聞』8月7日)。外務省の官僚でさえも口ごもるであろう、この言葉をかくも明快に口にできたということは、首相かそう信じているからであろう。実際のところ、それは、外務省、防衛省の官僚や政策アドバイザーが作り上げてきた誤った論理が、永田町、霞ヶ関の空気となって長く支配してきたことの現れであり、首相はそう信じ込まされていると考えるべきなのかも知れない。しかし、少なくとも、重要政策について政治主導を貫く政権の姿勢として、弁解は許されない。
 正しい考え方はそのあべこべであって、核兵器廃絶は核抑止力についての考え方のパラダイム転換なしには実現しない。米国オバマ政権における「核兵器のない世界」への政策担当者や政策アドバイザーの格闘の最前線はまさにこの点にある。核抑止力への根本的見直しが進行するために、大統領はどのような指導力を発揮すべきか、またできるのかに知恵を絞ることが求められている。

オバマ大統領の正念場
 オバマ大統領の国家安全保障担当補佐官トーマス・ドニロンが、2011年3月29日、カーネギー財団国際核政策会議での基調講演において、大統領はSTARTに続く核兵器削減の選択肢を作るように国防長官に命じる準備をしていると述べた(注1)。ドニロンは、その中で選択肢の作成のためには、核攻撃の標的設定から導かれる要求や効果的な抑止力のための警戒態勢を変更する可能性を検討することが必要だと述べている。
 この過程においてこそ、オバマ大統領の真価が問われると考えた旧知のスタン・ノリスハンス・クリステンセンの二人(注2)が、興味深い小論「新しい核の道筋のための大統領政策指令」を『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスト』誌の電子版(2011年8月10日)に書いている(注3)。
 彼らは、オバマ大統領が昨年の4月に発表した「核態勢の見直し(NPR)」に示された方向が、末端の部隊の核攻撃計画にまで具体化するためには、その出発点となる「大統領令」はかくあらねばならないという「大統領令」のモデルを「大統領政策指令X」として提案した。
 その背景を理解するには、政策が戦争計画に具現化する過程を理解しなければならない。大統領府から発せられた核政策文書は、まず国防総省に降りる。それは統合参謀本部議長に下り、戦略軍に命じられる。この過程で、国家安全保障政策に沿って個々の対象国(敵)ごとに作られている政策目的セットを達成するための核戦力と核戦争計画が策定される。多かれ少なかれ大まかに作られている大統領の政策は、この過程でさまざまな省、官房、官僚機構を通過して、政策はこと細かく、かつ注意深く調和を図った攻撃計画に形を整えてゆく。戦争の実行者(各部隊)は、この戦争計画に沿って、個々の標的を、どのように、いつ攻撃するかを指示されることになる。これが細部にわたった核戦争計画となる。
 問題は、大統領の政策が、現状維持によって利益を温存しようとする各官僚機構を通過してゆく過程で、本来の趣旨の通り忠実に具体化されてゆくかどうかという点にある。ノリスとクリステンセンは、過去60年間、どの大統領も核政策や核戦争計画を詳細にわたって点検した大統領はいないと述べている。つまり大統領の核政策は、官僚機構のなかで恣意的に解釈され、彼らの都合の良いように変形されていっても放置されてきたのが、これまでの歴史であったということであろう。その過程に関与した官僚の一人であるジェラルド・E・ミラーの次のような言葉を二人は引用している。ミラーは、1970年代初めに統合戦略標的立案参謀の副部長であった人物である。
 「合衆国は、(核兵器戦略について)大部分の国よりもはるかにオープンな国である。しかし実際の詳細部分は、ごく少数の人々――言葉を行動に転換する実務を担う内々の人々がずっとやっている。政府の政治的また政策的会議で作られたものと関係なく、本当の戦略が展開されるのはこの実務においてなのである。」
 米国の現在の核戦力決定過程においては、この実務を支配する論理が、核抑止論であり、どのような抑止論を採択するかによって保有核戦力の質と量が決定される。したがって、核抑止論の変更なくして核兵器廃絶への道は開けない。

対抗戦力から対抗価値への変更
 ノリスとクリステンセンの提案した「大統領政策指令X」の眼目は、これまで支配してきた「対抗戦力」抑止論から「対抗価値」抑止論に転換するという指令である。
 対抗戦力というのは、敵の核戦力、また軍の指揮・統制中枢など軍事力を壊滅的に破壊するように攻撃の目標設定をし、そのための能力(弾頭の種類や数)を維持し、その能力を敵に見せつけることによって敵の核攻撃を抑止するという考え方である。この考え方の前提には、攻撃後の敵の戦力の弱体化をめざし、味方が軍事的に圧倒するという軍事目的が存在している。この抑止論では、同盟国への拡大抑止力(核の傘)のために必要な攻撃目標を含めて、標的の数を減らせることができなければ、そのために維持すべき核弾頭を減らせることができない。つまり、これは、核兵器の削減に大きな制約を課す抑止論である。
 それに対して対抗価値というのは、敵の核攻撃があったときには、敵が耐え難いと考える価値を攻撃し壊滅させる報復能力を維持する、また、その能力を見せつけるという考え方に基づいて標的設定をする抑止論である。この考え方は、核兵器の役割をこのような意味における報復にのみ限定し、「唯一の目的」化する狙いと重ねて抑止論を位置づけることを可能にする。従来の「対抗価値」抑止論では、多くの場合、敵の価値とされる標的は人口中心である都市と考えられていた。この場合、標的の数は少なくなるかも知れないが非人道性は大きくなる。そこでノリスとクリステンセンは、敵の価値としての攻撃目標を人口中心ではなくて「インフラ」標的とすることで十分に抑止の目的を果たしうると主張している。製油工場、鉄鋼所などの産業インフラ、輸送ハブ、火力発電所などである。これによって標的数は対抗戦力の場合よりも大幅に少なくなり核兵器の大幅削減が可能になる。

米国における説得の論理と私たちの立場
 米国における政治の現実をふまえて核兵器削減を可能にする「大統領政策指令X」のような提案は、米国の市民がオバマ政権を活かす方法として十分に理解できるし、評価すべきことであると考える。例えば次のような展望を描くことが可能かも知れない。中国における標的設定がどのように行われているかについて情報はないが、この提案は基本的には中国の現行政策である「報復攻撃の能力の維持」のみに核戦力を限定するという考え方に、米国の核兵器政策を緩和し転換することを意味している。したがって、提案されたような転換が米国で実現した後には、5核兵器国による核軍縮協議の場が実現する可能性が高まると考えられる。そのような場が実現すれば、核兵器ゼロへの新しい段階についての議論が行われる局面が見えてくるかも知れない。
 しかし一方で、「対抗価値」抑止論だけでは核兵器ゼロへの論理は生まれてこないことは明らかである。転換された抑止論の下において低いレベルで核戦力を維持し続ける論理が合理化されることになる。同時に、特権的なP5(核保有が「公認」された安保理常任理事国)の国際的地位を温存しようとする政治的意図が働く余地も十分に残されている。さらには、「インフラ」標的への核攻撃であっても、市民への副次的な無差別的被害を避けることはできないであろう。民生に関わるインフラ攻撃であるから、関係する民間労働者が標的にされることはもちろんのこと、放射能禍は周辺に制御できない形で拡大する。核攻撃の非人道性は量ではなく質の問題として付随する。
 あくまでも核兵器に依存しない形で核兵器に対抗する論理を築くことが、日本においては譲れない核軍縮への闘いになる。

注1 http://carnegieendowment.org/files/Thomas_Donilon.pdf
注2 最近は無くなったが、米ワシントンDCの米海軍歴史センター(現在の海軍歴史・遺産コマンド)で米軍艦の航海日誌を閲覧する制度がまだ存在していた頃、私は航海日誌を読むためにワシントンDCに回り道することがしばしばあった。そんなときに都合がつけば立ち寄っていた旧知にアメリカ科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセンと天然資源保護評議会(NRDC)のスタン・ノリスがいた。最初に会った頃、ハンスはワシントンDCのグリンピースに所属していた。二人とも反トマホーク運動がテーマであった80年代以来の付き合いである。いずれも、米国の情報公開法を駆使して核兵器問題を追跡している研究者であり、今ではその分野の大御所ともいえる存在になっている。
注3
http://www.thebulletin.org/web-edition/op-eds/presidential-policy-directive-new-nuclear-path

|

2011年9月12日 (月)

福島事態が示す核兵器のリアリティ--「核の傘」の非人道性

 核兵器は破壊と殺傷を目的として設計される。それが使われたときの非人道性を人間存在の深層に届くリアリティをもって伝えることができるのは被爆者以外にはいない。ところが、今回の福島事態は、図らずも私たちの想像力を助け、いまこそ「核兵器は犯罪だ」と言うべきであることを促している。福島事態が照射している被爆と被曝の問題を根本から考えてみたい。

爆風と津波と放射能
 核兵器の爆発エネルギーが殺傷と破壊に至る効果は、広島に投下された原爆の場合、放射能によるものが約15%、衝撃波や爆風によるものが約50%、熱線によるものが約35%と評価されている。爆発後に残るものは累々たる死者、生死の境にある者、さまざまな程度の負傷者と後発性の被曝者、損壊し火災で燃えて遠くまで平らになった街並みであった。
 私たちは、東北太平洋岸を襲った津波の後の一面に瓦礫が残された平地を見た。そこには打ち上げられた尖った船体と僅かに残った家屋の他は何もないように見えた。生き延びた人々は避難し、そうでない人々は海にさらわれたのだ。
 福島第一原発周辺では再臨界暴走・爆発も予想される事故の行方と避難する人々の苦難に人々の関心が集中した。そして3月14日になってやっと10km圏内の危険区域に放射線防護服を着た捜索隊員が行方不明者の捜索活動を始めたとき、私の中で福島事態と核爆発事態とが鮮明に重なり始めた。瓦礫の下に遺体を発見したとき、隊員は遺体に積もった放射能が強すぎて遺体の収容を諦め、その場に放置せざるを得なかった。除染しなければ移動できない重傷の生存者がいたらどうなるのだろうか。
 「1945年と同じ核爆弾が現在の広島に落とされたら何が起こるか」をテーマにした専門家委員会での議論を私は思い出した(注1)。衝撃波と爆風による破壊を津波の破壊に置き換え、核兵器の放射能の脅威を原発事故の放射能の脅威と置き換えれば、太陽の100倍以上の高温が発する熱線を伴っていないことを別とすれば、二つの事態には共通点がある。放射能の強度は桁違いであり、その違いの重要さについては後述するが、にもかかわらず、福島事態は現代における核爆発事態を想像させる助けとなる。

放射能が救護を阻む
 まず、上述したように、たとえ生存者がいても、放射能汚染のために救助ができなくなるということが現実に示された。1945年当時に比較して、放射能の健康被害に関する知見は格段に増加し、それに伴う法的規制も進歩した。とりわけ晩発性の放射能被害は、低い放射能によっても起こりうることが明確になった(たとえば一時的な100ミリ・シーベルトの被曝によっても、0.1%の白血病、1%のその他のガンの発症の後障害リスクがある)。現在の法規制の下では救護員の健康被害のリスクを侵して任務を課することはできない。それでも目前の生命を見殺しに出来ないと、我が身をかえりみず救護に走る人々は出てくるであろう。苦悩の現場がそこに生まれる。
 放射能の知識は、核爆発事態においては福島よりもはるかに広範囲の立ち入り禁止区域を設定させることになるであろう。放射線防護服と訓練された人員を全国から集める努力が行われるであろうが、とてもカバーできない広さとなる。
 たとえ、動けない被爆者を救護したとしても、彼らを収容するためには多人数を処置できる除染体制を各地に確立しなければならない。水源の確保、発生する汚染水や汚染物の保管方法の確保が必要となる。
 このような体制を作ることを考えるともう一つの大問題に直面する。福島事態は救護や事態悪化を防ぐための物資、装置、人員輸送のための道路をはじめとするインフラが寸断されることを示した。最低限のインフラ回復のためにも相当の時間を要した。核爆発事態においても、道路上の車はそのまま動かなくなり道路には死んだ車の列ができて道路を塞ぐ。もちろん爆風で破壊された鉄筋の構造物が瓦礫となって交通手段を封鎖する。1945年の広島や長崎とは違った形で救援体制を阻む幾重もの障害が発生するであろう。福島事態は私たちに想像力を働かせるきっかけとなるリアリティを突き付けた。

初期放射能の猛威
 原発事故と核爆発事故には熱線による殺傷という点において大きな違いがあることを前述した。それに加えて、放射能を論じる場合においても両者の間に決定的な違いがある。それは核爆発には強烈な初期放射能が出るという点である。
 核兵器の起爆装置が働くと、核弾頭のコアで激しい核分裂連鎖反応が始まり、100万分の1秒という短い時間に終了する。この間に弾頭は100万°C以上、数10万気圧の塊となって爆発する。その間に中性子線とガンマ線が全方向に放射される。空気と衝突して多少は減衰するが、致死量以上にこれらを浴びた者はそのまま死に至る。中性子線は核分裂連鎖反応そのものによって発生するが、ガンマ線は核分裂生成物からのみならず、中性子が核兵器を構成する鉄材や地表の建築物、地面を構成する諸元素と反応して発生する。強い中性子線を浴びた元素は放射化してCo60(半減期5.3年)、リン32(半減期14日)、ユーロピウム152(半減期13年)などの残留放射能となり、周辺環境を「放射能野」とする。このように、初期放射能が強烈な故に多くの残留放射能が生み出されるのは、原発事故では起こりにくい災禍であり、上記の救護の困難を倍加させる。

「想定外」とは言えない
 「核兵器が使われるような事態はない」と考えている人が多いのではないだろうか。残念ながら、それは福島原発を襲った巨大津波は想定を超えたものであったと言い訳するのと同じくらい許されないことである。福島原発の場合においても、設計上想定された規模を超える津波の可能性があるという研究が報告されていたことが明らかになっている。
 核兵器爆発の場合もまた、それが今の瞬間にも想定される事態であることが繰り返し警告されている。しかも、起こってしまえば、上述のように被害を軽減するためにとりうる措置は極めて少ない。つまり、絶対に起こしてはならない事態である。
 核爆発を防止するために緊急にとるべきことは、とりわけ日本において、次の2点であろう。
 まず第1に、米国とロシアに警報即発射(LOW)(注2)体制を解除させることである。現在も、両国あわせて数千発の弾道ミサイルが、相手の発射情報を衛星が感知してから3~12分で報復の発射が行われる態勢がとられている。この態勢は、誤動作や無認可の核の発射の危険が絶えずあり得ることを意味している。
 最近の例では、昨年(2010年)10月23日、米ワイオミング州の50発の大陸間弾道弾(ICBM)の発射コントロール機能が45分間失われる事態が発生した。元ICBM管制官であったブース・ブレア氏によれば、原因不明のこの事態は、この間に誤動作や無認可発射を試みた者が発射手順を開始したとしても、それを食い止めることの出来る最後の通信手段が途絶えたことを意味する。
 地中深くに設置されたICBM管制室は、ICBMのサイロと遠く離れたところに設置されており、その間の通信手段が途絶えるといかなる発射の試みも検出できず、キャンセルも出来ない。もちろん、厳重に管理された発射ロックを外す暗号が必要だがそれが漏洩した先例がある。人間は過つ存在であるし、可能性のあることは現実になりうることは過去のさまざまな事故が教えている。ワイオミングの場合、もし45分が始まる直前か直後にハッカー、あるいは意図的な反逆者が発射信号を送ったとすると、気付いてから30分後までは自爆装置でミサイルを爆破できるが、それも不可能になるという。復旧後では間に合わなかった。
 第2に、核兵器を使うことは犯罪であるし、使うことを前提にしている「核の傘」政策を採択することも犯罪であることを明確にしなければならない。しばしばテロリスト云々と言うが、非国家主体や個人に核兵器を使用させないためには、まず国家レベルで核兵器の保有、使用、使用の教唆(核の傘)が犯罪であることを明確にすることが先決であろう。核兵器の闇ルートの根絶努力は必要だが、道義があやふやでは困難である。
 被爆国日本が核兵器の価値を認め、「核の傘」に依存しているという現実を変えることは、日本の最優先課題ではないだろうか。(2011年4月28日記、『核兵器・核実験モニター』375号所収)


1 日本政府が2004年6月に「国民保護法」を制定し、市町村に「核兵器による攻撃」を受けたときの被害想定と対処方法の作成を義務づけたとき、広島市と長崎市は、政府に対して政府自身の「被害想定と対処方法」を示すよう要求した。回答のない政府に対して広島市は核兵器攻撃被害想定専門委員会を組織してシミュレーションを行い、報告書を作成した(2007年11月)。
2 LOW=Launch on Warning

|

2011年5月 1日 (日)

第2回NPTフレンズ外相会議の評価のために

 2011年4月30日に、第2回「NPTフレンズ」外相会議(非公式の呼び名)がベルリンで開催され、共同声明が出された。第1回は日本政府がイニシャチブをもってニューヨークで開催されたものであるが、その際、以下のような批判的文章を書いた。第2回会議の評価に資することを期待して再掲載する。

日豪主導の新国家グループが初会合:その性格づけと目標を明確にせよ

 日豪両政府の主導によって2010年9月22日にニューヨークのオーストラリア大使館において開催された「核軍縮・不拡散に関する外相会議」が開催された。会議後の共同声明は注1に掲載されている。本論では、外相会議が決定した「継続性のある核軍縮・不拡散国家グループの形成」という日本の核軍縮外交史上初めてとなる挑戦に、何が不足しており、どのような可能性があるかに関して考察する。

米同盟国中心の「国家グループ」
 9月22日に結集した新国家グループ10か国は、固定的なものではないと理解されている。特別な事情がない限り脱退国は出ないと思われるが、参加国が追加されてゆく可能性はある。したがって、以下の分析は、現在の10参加国の組み合わせと9.22共同声明の内容を基礎にすると同時に、今後構成国が変化する可能性のある国家グループであることを前提として行う。
 核問題に関する過去の経歴から現在の10か国を分類すると、米国の同盟国でありその拡大抑止力に依存している国が、主催国である日本、オーストラリアを含むドイツ、カナダ、オランダ、ポーランド、トルコの7か国であり圧倒的多数を占める。それを基礎に1998年に結成された新アジェンダ連合(NAC)に属するメキシコ、非同盟運動(NAM)会議に参加するチリ、アラブ首長国連邦(UAE)が加わっている。アジアから日本だけというのは寂しいが、一応地域的バランスの配慮も行われている。
 以上の構成国を考えると、新国家グループの最大の特徴は米国との同盟関係にある主要な国が結集していることであろう。とりわけ、日本、オーストラリア、ドイツ、カナダの参加はそれを強く印象づける。

「新アジェンダ連合」誕生の歴史
 核不拡散条約(NPT)に関する会議や国連第1委員会における核軍縮・不拡散の問題について、冷戦期以来、国連常任理事国でもある核保有国(P5)に対して核兵器廃絶の急先鋒であるNAM参加国(現在118か国)が真っ向から対立してきた。P5が一枚岩でないように(とりわけ西側核兵器国と中ロの間のギャップ)、NAMも決して一枚岩ではない。とりわけ、NAMの一員であるインド、パキスタンが核保有国になったことによってその傾向は強まった。しかし、NAM核保有国がNPTに参加していない現状においては、P5対NAMという対立構造は現在もなお多くの場面で継続していることは紛れもない事実である。この不変の対立構造が、核軍縮の議論と進展に硬直状態を生み出す一因となってきたことは否定できない。
 1998年にNAC(7か国)が結成された背景には、このような状況を打開する意図があった。もちろん、NAC結成の根本的な原動力は1996年の国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見や同年のキャンベラ委員会報告といった冷戦後に初めて訪れた「核兵器のない世界」への好機を活かそうという動機にあった。そんな中で、NACはP5とNAMをつなぐブリッジとなりながら核軍縮に具体的前進をもたらそうと意図したのである。
 NACには、米国と同盟関係にはないが友好関係にあるアイルランド、スウェーデン、ニュージーランド、メキシコという軍縮に熱心な国に、NAMに属するエジプト、南アフリカと、いずれにも属さず独立心(ある意味では大国意識)の強いブラジルが加わって形成されている。
 このようにNACは、核保有国とNAMとの双方と明確な一線を画しながら、核軍縮のリーダーシップをとる姿勢を明確にうちだした。その姿勢は、設立宣言とも言うべき新アジェンダ外相声明(1998年6月)が、P5と同様に「NPTに参加していない3つの核保有国」(つまり、インド、パキスタン、イスラエル)に対して厳しく要求を突き付けていることに表現されている。

狙いが不明確な新国家グループ
 新国家グループの誕生とNAC誕生の時代背景には、ある種の共通点がある。いずれにも核軍縮に有利な時代の追い風の後押しがあった。前者にはフーバープラン、オバマ大統領のプラハ演説などがあり、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」の勧告が理論的基盤となった。後者には1995年という冷戦後に迎えた「核兵器のない世界」への希求と被爆50周年の盛り上がりがあり、パグウォッシュ会議・ロートブラット博士のノーベル平和賞受賞、翌年のICJ勧告的意見があり、キャンベラ委員会の勧告が理論的基盤となった。
 しかし、両国家グループの設立声明文を読むとき、それぞれのグループを構成する国家内部の意思一致の成熟度に大きな違いを感じざるを得ない。
 新アジェンダ声明(注2)は、「抑止のためというが、保有していれば核兵器は必ず使われる」「核兵器の完全廃棄の法的約束が守られていない。一日も早く約束を守るべきだ」といった揺るがぬ意思一致を基礎にして、さまざまな段階的措置を提示している。その基礎文書の上にたって、それ以後の国連やNPT会議において7か国が団結した主張を重ねた。2000年のNPT再検討会議における最終合意はNACが牽引車となって達成されたことはよく知られおり、高く評価されている。近年、NACの力が衰えている現実は否めないが、再び力を発揮する機会が訪れる可能性は残されている。
 一方、新国家グループの形成は、政権交代を果たした日本の民主党連立政権の岡田克也外務大臣の意欲が原動力となって出発したと考えられる。また、オバマ政権下の米国に新しい変化の可能性があり、日米同盟を主軸とする新政権の外交路線の中において「核軍縮への新しい接近法」を追求する長期的な挑戦を展望していたかも知れない。
 しかし、残念ながら、採択された共同声明は、どのような国々が何を目指して新国家グループに結集したのかが、はなはだ不明確なものになっている。果たそうとする役割がストレートに伝わって来ない。すでに5月末において、2000年合意よりも前進した2010NPT再検討会議の合意文書が採択されており、そこには64の行動計画や中東決議の実行計画のみならず、それらの前提となる重要な考え方の合意も示されていた。その直後に新国家グループを形成するとなると、主軸となる国家の外務省専門家や関係大使の間で十分な討議が必要であったであろう。その観点から共同声明を読むと、決定的な準備不足の印象が拭えない。
 たとえば、NPT最終文書の中で注目された国際人道法への言及や核兵器禁止条約への言及の部分は、共同声明においてほとんど同じ文言を繰り返すことによって安易に通り過ぎている。
 10か国の結束の不十分さは、現在進行中の国連総会第1委員会にも現れている。いわゆる核軍縮日本決議が新しい形で今年も提出されているが、その内容は10か国共同声明を基礎としていないようである。50を超える共同提案国が名を連ねているにもかかわらず、その中に10か国のうちメキシコ、トルコ、UAEの3か国が加わっていない。

目標を明確にせよ
 あるNGO活動家が好意的に評したように、このグループはNPT会議の合意を基礎として発展させるというよりも、NPTで決めたことを実行に移す役割を担おうとしているのかも知れない。
 日本政府が、そのような控え目な役割に留まることは残念でならないが、たとえそうだとしても、新国家グループの特色を生かし、核兵器廃絶に貢献するためには、その性格と目標を明確にする必要がある。
 私は、日本、ドイツ、カナダ、オーストラリアを含む7つの米同盟国が核軍縮・不拡散のために結集している特色を生かすとすれば、新国家グループの進むべき道は次の目標を明確にすることであろうと考える。もちろん、メキシコ、チリ、UAEも加わっている中での配慮と工夫が必要である。しかし、10か国共同声明に謳われている内容を基礎として次の目標を特色として打ち出すことが出来る。
目標1:安全保障戦略における核兵器の役割を低減させる。(7節(b)項)(注3
 米国の同盟国自身に問われている問題であるし、それだけに米国に強い影響力を発揮できる。同盟国が米国の拡大抑止(核の傘)に依存しない方向性を追求するグループとなれば、世界全体の核軍縮の加速に大きく貢献する。とりわけ日本、ドイツ、カナダ、オーストラリアの間でそのための議論を深めるべきである。
目標2:非核兵器地帯が核軍縮・不拡散に果たす役割について新しい議論を打ち出す。(14節)(注4
 日本は北東アジア非核兵器地帯設立の方向を打ち出すことによって、核の傘に依存しない安全保障に向かうのみならず、北朝鮮の非核化に新しい好影響を与える。カナダは北極海非核兵器地帯(注5)設立を念頭に置けば、米ロの緊張緩和に貢献できる。ドイツ、トルコは東・中央ヨーロッパ非核兵器地帯による米ロ関係の改善とNATOの核兵器依存の変更を戦略的に追求できる。UAEはもちろん中東非核兵器地帯に関係するし、チリは非核地帯先進国としての貢献が出来る。
 「核兵器禁止条約」の早期交渉を求めるいわゆるマレーシア決議に、新アジェンダ連合はすでにすべて賛成している。しかし、新国家グループでは、チリ、メキシコ、UAEが賛成、ドイツ、ポーランド、トルコが反対、オーストラリア、カナダ、日本が棄権である。新国家グループに対して、日本の市民社会は明確な目標を要求する必要がある。(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第363号(2010年11月1日)より


1 http://www.peacedepot.org/nmtr/bcknmbr/nmtr362.pdf
2 イアブック「核軍縮・平和2006」資料Ⅰ-3。
3 1と同じ。
4 1と同じ。
5 パグウォッシュ会議カナダや核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)カナダなどが北極海非核兵器地帯の推進を提案している。

|