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2016年3月

2016年3月 3日 (木)

北朝鮮が発射したのは人工衛星である

 北朝鮮の人工衛星発射を「事実上のミサイル発射」と繰り返し報道するのは間違っている。一部の偏ったメディアが言うのは有りうることかもしれないが、国を挙げてすべてのメディアがそのように言う日本の現状は危うい。
 「事実上のミサイル発射」という表現は、以下に述べるように、起こった事象の科学的解釈からは一義的には出てこない。むしろ事実から来る冷静な認識から目を背けさせようとしている表現である。事実の報道を抜きにして、政治的解釈、しかも国際的緊張を高めるためのプロパガンダになりうる解釈ばかりが述べられる状態は尋常ではない。しかも、実際に発射が行われる以前からそのような決めつけが行われてきた。

 今回の打ち上げられた物体の軌道への投射の様態は、本来的にミサイル実験ではなく衛星発射の様態であった。ミサイル発射実験であったとすれば、その目的は、(1)ロケットエンジンの推力を強化してより重いものをより遠くに飛ばす、(2)ミサイルが大気圏に再突入するときの耐性を調べる、などの目的が主要なものとなろう。そのためには、投射される物体は相当な遠方に向かう軌道に射出される。北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)を開発しようとしているならば、10,000kmを超える射程のミサイルを必要とする。事実、今回のロケットの推進力はそれ以上の能力があったと評価されている。その場合、ミサイルは1000kmをはるかに超える高度の宇宙に達する放物線軌道を描かなければならない。しかし、実際にはロケットは高度2-300kmで上昇を抑え、水平方向に推力を高め、結局高度500km近くの地球周回軌道に乗った。この発射様態は、人工衛星発射を計画したものでなくて何であろう。

 そのように装いながら、実はミサイル技術を磨いていたのだ、という議論はいつでもできるが説得力はない。特定の部品の性能チェック、ロケットの切り離し技術、などなど。しかし、これらのためであれば、人工衛星発射を装わなくてもミサイル発射実験をすればよい。安保理決議ではどちらも同じように禁止されているのだから。

 ICBMと衛星発射ロケット(宇宙発射運搬手段SLV=Space Launch Vehicle)の技術が似通っていることは論を待たない。アメリカにおいてもロシアにおいても、両者の開発は密接に関係してきた。1955年11月、米国に3年遅れて水爆実験を行ったソ連が、2年後に米国に先駆けてスプートニ1号を打ち上げたときの米国に与えた衝撃は、それが水爆を米国に落とすことができるというメッセージであった。ロシアが現在も使っているSLVソユーズは、ソ連の最初のICBMであるSS-6から派生、改良されて来たものである。アメリカのアトラスやタイタンもICBMとして短期間用いられた後、SLVとして多用された。中国の場合は、ICBMとSLVがほぼ並行して開発された。しかし、両者は一体ではなくむしろ相互に独立した事業であったと言われる。

 ICBMとSLVに交換可能な技術は多いであろうが、両者に適した技術は同じではない。ソ連のSS-6はICBMとしては使い物にならず短命に終わった。アメリカのアトラスやタイタンの設計はICBMとしては継続しなかった。
 北朝鮮の銀河(ウナ)SLVを使った一連の人工衛星発射が、偽装したICBM実験であると結論づける論理的な理由は、むしろ見当たらない。北朝鮮が核弾頭を載せて米国に到達するICBMの開発を目指していることは、北朝鮮の言動から考えても間違いない。もう少し正確に言えば、北朝鮮は米国に対する核兵器による報復能力を持とうとしている。しかし、北朝鮮がどのような核兵器によって核報復能力持とうとしているかを論じなければ、一般論以上の議論には踏み込めない。現在、北朝鮮はICBMと潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の両方の開発を誇示している。SLBM開発は外洋に出る潜水艦の開発を伴う必要があり、まだ10年以上の年月を必要とするだろう。ICBMはそれよりも進んだ開発段階にあると考えられるが、その目指す方向が銀河SLVの延長にあるテポドンICBM系であるかは疑わしい。

 今回の発射を含めて1998年以来の6回の発射のように、偵察衛星で丸見えでは発射基地は脆弱であり、危機においては米国の正確な先制攻撃によって破壊され、報復能力を奪われてしまう。北朝鮮は、米国の先制攻撃から守るために、頑丈な地下サイロから発射するICBMを開発するか、移動式の発射台に載せて平時はトンネル内に隠して配備する移動型ICBMを開発するか、いずれかの道を選ぶ必要がある。現在までのところ、サイロ発射に向かう開発計画は検出されていない。一方、ファソン(火星)13あるいはKN-08と呼ばれる移動式ICBMの開発が検出されている。米国防総省を含め専門家の多くは、銀河SLVのミサイル化について全否定はできないものの、その単純延長線に北朝鮮ICBMを予想するのではなく、ファソン13の行方に強い関心を持っている。

 一方、98年のテポドン発射以来、北朝鮮は一貫して人工衛星そのものに強い関心をもって追求してきたと分析して、大きな矛盾は感じられない。それは小さな社会主義国の国威発揚に格好の事業であろう。実際、韓国よりも早く9番目の自力衛星発射国になった実績を勝ち取った北朝鮮は、韓国に追いつかれてはならないという圧力の下に置かれている側面を見逃すことができない。
 加えて今回の発射に関しては、5月に予定されている36年振りである朝鮮労働党大会という金正恩体制の命運をかけた一大イベントとの関係が重要であろう。金正恩体制にとっては国を挙げて祝い誇示したい成果が求められている。私見では、1月の核実験も今回の衛星発射も、失敗のリスクのある新しい要素を組み入れた挑戦を避け、過去の実績のすぐ延長上にあるリスクの少ない実験を行った可能性が高い。核実験は前回の繰り返しであるとほとんどの科学者は評価した。衛星発射も前回とほぼ同型のロケットと同様な落下物の警戒水域の設定で行われた。これに関しても多くの専門家が前回との類似性を指摘している。もちろん、これらの実験によっても技術は一歩一歩向上するであろう。

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