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2015年5月31日 (日)

限界なき日米軍事協力へ―新ガイドラインの相貌

恥ずべきタイミング
 2015年4月27日、ニューヨークにおいて日米の防衛、外交のトップによる日米安全保障協議委員会(いわゆるツー・プラス・ツー)が開催され、そこにおいて新しい「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」が合意、公表された。日本から岸田文雄外相と中谷元防衛相、米国からジョン・ケリー国務長官とアシュトン・カーター国防長官が参加した。今回の「指針」改訂は、背後にある米国の軍事戦力とともに、日本国内で同時進行している安保法制の大転換との関係において捉えなければならない。それが本稿の中心テーマとなる。
4月27日のニューヨークは、5年ごとに開催される核不拡散条約(NPT)の再検討会議の開会日であった。ほとんどの国連加盟国が参加するこの会議に対して、各国は重大な関心をもって取り組もうとしていた。核軍縮について一定の前進があった2010年再検討会議の合意が守られていないと多くの国が考え、NPTの信頼性が揺らいでいた。広島・長崎を経験しながら米国の核の傘の下にある被爆国日本も、最強の核武装国であり最大の影響力をもつ米国も、この会議において特別の位置を占めており、その責任が問われる立場にあった。岸田外相もケリー国務長官も、同じ日に会議の冒頭演説を行うためにニューヨークにいた。
 この場面で、発表された新ガイドラインは臆面も無く「米国は、引き続き、その核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じ、日本に対して拡大抑止を提供する」と冒頭で核抑止力重視の方針を確認した。共同政策文書の「切れ目のない」(これはガイドラインを貫いているキーワードの一つである)性格を考えると、タイミングとして適切でなくてもこのような文言が登場することはあり得ることかも知れない。ところが、政策的文書とは性格が異なる政治的メッセージを出すことが可能な、その日の閣僚共同声明においてもまた、核軍縮への配慮の片鱗も示されることがなかった。「核及び通常戦力を含むあらゆる種類の米国の軍事力による、日本の防衛に対する米国のゆるぎないコミットメントがこの取組の中心にある。日本は、この地域における米国の関与を高く評価する」と、共同声明は「ゆるぎない」核兵器への依存の継続を表明した。
 同じ日に、広島出身であることを強調した岸田外務大臣のNPT会議での演説を聴くことは耐えがたいほど苦しい。「広島出身の外務大臣として、被爆者の願いを自分の心にしっかりと留めています。そして、この再検討会議において私は核兵器のない世界に向けて進展を勝ち取る決意です。」
 核軍縮への決意を表明する同じ口で、核兵器の「ゆるぎない」必要性を語るという、ここに露出された現実を、私たちは日本が世界に示している姿として、しっかりと見据える必要がある。この二重人格の溝を埋めるためであろうか、日米両政府は、その翌日「NPTに関する日米共同声明」という異例の声明を発した。しかし、声明には新しい提案は何一つなく、ガイドラインと核軍縮の溝を埋めるメッセージは含まれなかった。実際には、ガイドライン改訂が示す日本の政策は、NPTで課せられている日本の義務を果たすことをいっそう困難にするものであろう。

ガイドライン改訂の歴史
 周知のように、「日米防衛協力のためのガイドライン」改訂は2度目となる。最初のガイドラインは1978年11月に合意された(以下「78年指針」)。それが19年後の1997年9月に改訂された(以下「97年指針」)。したがって今回の改訂による「新指針」は18年ぶりのものである。
 もともと日米防衛協力ガイドラインの策定は、日米安保体制下における日本の軍事的役割分担を明確にする意図をもって始められた。最初の「78年指針」の出自は、ベトナム戦争後を律した米国のニクソン・ドクトリン(一九六九年)に遡ることができる。ベトナム戦争で疲弊した米国が経済的及び軍事的負担の軽減を図るために、同盟国は自国防衛の第一義的負担を負うという原則を立てたのである。もちろん、核攻撃を含め大規模攻撃に対しては米軍の保護下にあることを強調し、盟主の地位を確保しての話である。米国はニクソン・ドクトリンのもと、日本に対しては関東計画(1973年)による在日米軍基地の整理統合や空母ミッドウェーの横須賀母港(1973年)などを行いつつ、78年に2つの制度的な合意を勝ち取った。①地位協定に反するにも拘わらず日本が米軍駐留経費の一部を負担するいわゆる「思いやり予算」、②日本の軍事的分担を明確にするための「防衛協力ガイドライン」である。ここには米国から見た二つの目的がはっきりと表れている。「在日米軍基地の安定的確保」と「自衛隊の役割の強化」である。
 このような経過の中で合意された「78年指針」の内容を要約すると次のようなものであった。この指針の主たる関心事は日本が武力攻撃を受けたときの共同対処にあった。そして、「共同作戦計画の研究」に取り掛かること、武力攻撃のおそれがある段階における準備を日米が整合性をもって行うため「共通の基準」を定めること、実際に武力攻撃が発生したとき、「自衛隊は日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦」を行い、米軍はそれを支援するとともに「自衛隊の能力の及ばない機能を補完するために作戦」を実施するという、軍事的役割分担を行うこと、自衛隊と米軍はそれぞれの指揮系統で行動するがあらかじめ調整の手続きを定めておくこと、を確認した。一口で言えば「自衛隊は盾、米軍は槍」の役割分担を明記するための指針であった。
 「78年指針」のもとにおける日米安保体制は、1990年代になって、冷戦の終結という大きな歴史の流れの中で変更を迫られる運命にあった。米国は冷戦期に膨れ上がった米軍の兵力削減と湾岸戦争(1991年)後の大型地域戦争に対処するための戦略転換という大きな課題に直面した。その結果、米軍は、インド洋、アラビア海、ペルシャ湾への展開を睨み、冷戦期にヨーロッパに偏重した世界態勢を「ヨーロッパ10万人、アジア太平洋10万人」へと転換を図ることになった。

安保「再定義」と「97年指針」
 その変化は、日米安保関係においては「安保再定義」という形で現れた。クリントン政権におけるペリー国防長官の下で国防次官補を務めたジョセフ・ナイが起草した「東アジア・太平洋地域における米国の安全保障戦略」(いわゆる「ナイ報告」)(1995年2月)は、そのような背景において出された。翌3月には、「ナイ報告」に沿いながら国防総省が議会に対して「日米安保関係報告書」を提出した。
 ナイ報告は「日米関係ほど重要な二国間関係はない。それは米国の太平洋における安全保障政策のみならず、世界戦略の目的の土台となるものである」と述べる一方で、「アジア太平洋地域は、今世紀において現在ほど平穏な時代はなかった」という状況認識を述べた。「日米安保関係報告書」も、そのような認識を共有した上で、米軍基地の重要性を強調した。「日本国内の陸・海・空軍および海兵隊基地は、アジア太平洋における米国防衛の最前線を支えている。これらの軍隊は、遠くペルシャ湾にまで至る広大な範囲の局地的、地域的、さらには超地域的な緊急事態に備えている。太平洋やインド洋を横切りに必要な長距離を考慮に入れると、地域的緊急事態への対処のために編成される、より小規模で小回りの利く部隊の必要性を強調する米国の政策は、在日米軍基地の地理的重要性を、今後さらに増大させることになろう。」
 このように、日米安保「再定義」とは、さし迫った周辺脅威がない状況下において、日米安保体制をグローバルな視野をもって協力する同盟関係へと転換するための「再定義」であった。同じ1995年4月に書かれた日本の防衛庁(当時)文書もほぼ同じ認識を述べている。
 この段階では日米防衛協力ガイドラインの見直しは、日米間の課題として浮上していなかった。グローバル安保への転換を「ガイドライン」のような政策文書に書き込むのは、困難であり時期尚早であっただろう。米軍のグローバル展開自体は、日米安保条約に違反するにもかかわらずすでに既成事実化しており、日本政府は在日米軍基地をそのような目的に使用することを認めていた。この上に自衛隊の協力体制を書き込むには手順を踏んだ積み上げが必要であった。とりわけ当時の日本では、細川護煕、羽田孜、村山富市内閣と続く非自民の政治が続いていた。
 1995年11月頃から数か月の間に方針転換が起こった。96年4月、橋本・クリントン首脳会談における「日米安保共同宣言――21世紀に向けての同盟」が、「1978年の『日米防衛協力のための指針』の見直しを開始する」と突然に発表した。この内容は前年11月に予定されたが実現しなかった村山・クリントン会談の宣言草稿には含まれていなかった内容である。見直しの目的について、宣言は「日本周辺地域において発生しうる事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合における日米間の協力に関する研究をはじめ、日米間の政策調整を促進する必要性」と述べている。
 「日本周辺に差し迫った脅威がない」という認識がひっくり返され、周辺事態への対処を念頭においた軍事協力の必要性という主張が急浮上した。この転換は普天間基地の移設・返還を目玉とする「沖縄基地に関する特別行動委員会(SACO)」の中間報告と、事実上セットで公表された。
 本稿の中心テーマから外れるので、詳述は避けるが、この転換の背後には、沖縄基地問題が深く関わっていた。当時、大田昌秀県政による基地撤去のための米国への「直訴」が実り、米国内で沖縄基地問題は政治問題化していた。上述した95年3月の「日米安保関係報告書」は、前年の議会公聴会などの結果として、米議会が最初は沖縄基地に絞った報告書を求め、最終的に日米安保関係全体の報告書を国防総省に求めたことによって作成されたものである。上述したように在日米軍基地のグローバルな役割が強調されている。
 ところが、95年9月に起こった米海兵隊員による少女レイプ事件が引き金となって、沖縄での基地反対世論は沸騰し、米軍基地の維持そのものが危うい政治状況が出現した。グローバル安保への安保再定義どころではなく、日本防衛のために米軍基地が不可欠であることの再確認が緊急課題となる状況が出来したのである。そこで持ち出されたのが、朝鮮半島の94年危機である。94年6月、北朝鮮の核計画を潰すために米国は武力行使寸前まで選択肢をエスカレートさせていた。カーター元大統領の訪朝によってかろうじて危機は回避された。米国は、周辺事態の好例としてこの状況を見たかもしれないが、実際には危機は米国が武力行使を選択するか否かの問題であった。
 このようにして、ガイドライン改訂作業が始まり、「97年指針」は周辺事態における防衛協力をクローズアップさせた。しかし一方で「周辺事態の概念は、地理的なものではなく、事態の性質に着目したもの」という意味不明の言辞を弄して本来のグローバル安保に近づくという、苦肉の策の産物となった。日本では、2年後の1999年5月にいわゆる「周辺事態法」が成立した。

「新指針」は日米合作の賭け
 今回のガイドライン改訂の方針は、2013年10月3日に発表された日米のツー・プラス・ツー閣僚共同声明「より力強い同盟とより大きな共同の責任」によって打ち出され、日米防衛協力小委員会に改訂作業が命じられた。小委員会は2014年10月8日に中間報告を発表し、冒頭に書いたように15年4月27日に最終合意された。
 この改訂の本質は何か。
 97年の改訂と違って、今回の改訂は米国と日本の両政府の意向が強く働いた合作であるという点に、その本質が宿っている。改訂交渉は3年にまたがったが、その間に出された3回の閣僚共同宣言のすべてにおいて、改訂に対する両国それぞれの位置づけが繰り返し述べられている。
 改訂を打ち出した2013年の共同宣言において、米国は「アジア太平洋地域に対してリバランス(再均衡化)を実行しており、米国は、将来のグローバル及び地域的な安全保障問題について日米同盟が対処できるような軍事能力を強化する意図をもっている。それには宇宙空間やサイバー空間といった新しい戦略的ドメイン(領域)での軍事能力を含む」と述べた。一方日本は、国家安全保障会議の設置、国家安全保障戦略の策定、集団的自衛権の行使に関する事項を含む安保法制の再検討、防衛予算の増額、防衛計画大綱の見直し、日本の領域防衛の強化、はては東南アジア諸国の能力構築といった地域支援など安倍政権の意図を列記しつつ「日米同盟の枠組みにおける日本の役割を拡大するため、米国との緊密な調整を継続する」と述べた。
 中間発表の2か月後における短い共同声明(2014年12月19日)においては「米国のアジア太平洋へのリバランス及び日本の国際協調主義に基づく『積極的平和主義』政策は、ともに平和で繁栄するアジア太平洋地域を確かなものにするための日米同盟の努力に貢献する」と述べ、両国の安保政策とガイドライン改訂作業との関係を簡潔に要約した。
 そしてさらに、改訂発表時における共同声明は、日米両国の政策を繰り返し述べるのに加えて両国が相手の政策を支持していることを述べた。すなわち、米政策については「2015年の米国国家安全保障戦略に明記されているとおり、米国はアジア太平洋地域へのリバランスを積極的に実施している。…日本はこの地域における米国の関与を高く評価する」と書き、日本の政策については「日本が国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の政策を継続している中において、米国は最近の重要な成果を歓迎し支持する」と書いた。日本が米国のリバランス政策を支持していることを書きこむことによって、オバマ政権は日本がリバランスにおける米国の負担要求を受け入れているという米国内懐疑派へのメッセージを出し、一方日本は安倍政権の「積極的平和主義」の名における急速な戦後平和政策の改変を米国も支持しているという、日本国内向けのお墨付きを顕示する、という構図である。
 ここに表れている日米がお互いに相手を利用しようとする思惑には、同床異夢の側面があり、将来的リスクを内包している。

米国「アジア太平洋リバランス」の深層
 日本の政治との関係については、新指針の内容とともに次節で論じるとして、ここでは米国の「リバランス」戦略の狙いと実態について掘り下げたい。
アジア太平洋に米国の安保政策の重点を移す戦略は、前述したようにクリントン政権の冷戦後の大型地域戦争対処戦略や、その下にあった安保再定義においてすでに打ち出され、実行されてきた。しかし、2011年の9・11直後に出されたブッシュ政権による「4年毎の国防見直し(QDR)」は、なお冷戦期の軍事体制を引きずっているとして「西ヨーロッパと北東アジアに集中した海外プレゼンスの態勢は、新しい戦略的環境では適切ではない」と述べ、大胆な「グローバル態勢見直し(GPR)」に取り組むことになった。そこで打ち出されたのが「ハスの葉戦略」とニックネームされる態勢である。海外配備されたいかなる米軍部隊も配備地の地域に属する部隊ではなく、そこをジャンプ台として、予測のつかない紛争地に派遣される世界展開部隊である、ちょうどカエルがハスの葉を飛び移って移動するように、というのがこの戦略概念であった。在韓米軍、在欧米軍が大幅に削減されて米本土に返され、そこから対テロ戦争に派遣される部隊となった。
 しかし、イラク、アフガン、中東と対テロ戦争が長引くなかで、米軍の世界展開の新態勢は描いたように巧くは進んでいない。そんな中で、地域概念を超えようとしたブッシュGPRの後に、オバマ政権がもう一度地域の重点概念を復活させたのであるから、「リバランス(再均衡化)」という命名の意味は理解できる。しかし、なぜ「アジア太平洋」なのか、と問うと、さらに考察を深める必要がある。対「中国」という説明だけでは不十分であろう。
 昨年(2014年)5月にアジア太平洋リバランスを担当する米国防副長官となったロバート(ボブ)・O・ワークは、8月に日本を訪れ武田良太防衛副大臣(当時)との共同記者会見に臨んだ。そこで副長官は本論ですでに紹介したような米軍のリバランスとガイドライン改訂の関係について力説した。そして、厚木から岩国への空母艦載機の移転、沖縄辺野古における普天間代替施設の建設などの基地再編計画や新しい戦力配備などの具体例をリバランスの姿として掲げるとともに、日本の武器輸出に関する政策転換や特定秘密保護法の制定を賞賛し、これらによって米国のみならずオーストラリアとの軍需産業協力が前進すると述べた。これらの情報の中にもリバランスとは何かに関する手掛かりが含まれてはいるが、ほぼ2か月後の9月30日、彼はワシントンDCの外交問題評議会(CFR)において、アジア太平洋リバランスの背後にあるより本質的な問題を語った。リバランス担当副長官としての日本、韓国を含むアジア歴訪を報告するスピーチである。
 ワーク副長官によると、長引く対テロ戦争の中で米軍内部の歪は耐えがたいほどに強まっている。もっとも大きな現象的な歪は派兵テンポが激しすぎて日進月歩する軍事技術に習熟した戦闘員を戦地に送ることがますます出来なくなっている。そこへもってきて、米国防総省は強制的削減を伴う国防予算の未曾有の困難に突き当たっている。
 彼は、「このリバランスは本当に本当か?」と自問し、その答えを「我々が行おうとしている『グローバルな態勢』の転換という、より広い文脈から切り離して考えることはできない」と述べた。彼は、米国を世界で唯一のグローバル・パワーたらしめているものは、米国が国益を守るためには地球上のいかなる場所と時間においても決定的な軍事能力を展開できるからだとした上で、「グローバルな態勢」とは、緊急時に短い時間で反応できるように、戦力を計画的に地球上に配置することであると定義した。そして今日、米国は縮小した兵力と削減された予算でこれを行う態勢変革のために創意と工夫を凝らす必要に迫られていると強調した。
 ワーク副長官によると、米軍が関心と戦力をアジア太平洋にリバランスすることは、今日の優先事項の一つに過ぎない。多くの人がアジア太平洋重視のみを言うがそうではなく、ヨーロッパと中東の安定、中東とアフリカの過激派など五つの優先事項の一つに過ぎない。真の問題はアジア太平洋を重視しながら、すべての優先事項を満たす世界的な兵力態勢をいかに整えるかが課題である。
 その文脈で、彼は12年以上戦争が続くことによって、海外にいる兵力と米国内にあって訓練され次の戦争に待機する兵力とのバランスが極度に悪化していることを強調した。派兵に次ぐ派兵で待機兵力は近代化されず練度が毎年毎年落ちている。「このような財政難のなかで、現在のような(派兵が)ハイテンポの軍隊を維持することは、単純に、もはや続かない。疑問の余地はない。我々は将来の実に多様な紛争の緊急事態に、まともな準備が出来なくなっている。」
 新ガイドラインを律している米国の「アジア太平洋リバランス」の本質は、このような背景において理解されなければならない。米国は「新指針」による日米軍事協力によって、「グローバルな態勢」の改善を追求しているのである。「新指針」はそれに貢献する。具体的な中身は、日本政治と合わせて次節に述べたい。

安保法制の先取り
 安倍内閣が突き進めている戦後平和政策からの脱却、とりわけ「日本の軍事力の海外展開」を目指す諸政策は米国のリバランス政策にとって渡りに船であった。米国はそれらを活用するに当たってそれが法的に担保されて実行されることについて言質を要求した。中間報告後の閣僚共同声明(2014年12月19日)は次のように明記している。
 「指針改訂と日本の法制化プロセスとの整合性を確保することの重要性を認識し、また改訂された指針がゆるぎない内容になることを確保することの重要性を再確認し、両国の閣僚は、日本における法制化のプロセスの進展を考慮しつつ、来年の前半中の指針改訂の完了を目指して作業するため、議論をさらに深めることを決定した。」
 実際には、指針改訂は、法制案が国会にかかる以前にその内容を既定路線として書き込んで合意、発表された。安倍首相の訪米スケジュールが優先され、立法府を無視する暴挙が行われたのである。安倍首相が米議会上下両院合同会議における演説(米東部時間、4月29日)において、安保法制の成立を「この夏までに必ず実行します」と約束したことはもちろん問題であるが、国会において否定や修正をされる可能性を無視して国際関係を進めた暴挙は、より一層深刻なファッショ政治である。
 このようにして改訂された「新指針」の主要な内容を以下に列記する。
◆グローバルな日米軍事協力
 指針の目的について「97年指針」は、「日本に対する武力攻撃及び周辺事態に際してより効果的かつ信頼性のある日米協力」と述べ、軍事協力の想定範囲は周辺事態までとした。それに対して、新指針は「いかなる状況においても日本の平和及び安定を確保するため、また、アジア太平洋地域及びこれを越えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなるよう」と述べ、協力の地理的範囲は事実上無制限となり、「日米同盟のグローバルな性質」を強調した。米軍から見ると、積み重なるグローバル展開の歪を緩和するために、自衛隊に分担を求め得るメニューが格段に増加した。
◆集団的自衛権に係る分野での協力
 「97年指針」ではタブーであった「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」が、堂々と協力分野として登場した。新指針は、米国のみならず他の第3国に対する武力攻撃において、日本が武力攻撃を受けるに至っていないときにも、日米軍事協力があることを書き込んだ。集団的自衛権に関する閣議決定(2014年7月)の文言があるとはいえ、法制化を経なければ実体が見えない分野である。にもかかわらず新指針は、「弾道ミサイルの迎撃」、「アセットの防護」としてミサイル防衛における米艦やその他の防護、地域限定のない機雷掃海や艦船防衛などの「海上作戦」、地域限定のない双方からの「後方支援」などを集団的自衛権の行使に属する分野の軍事協力として例示した。いずれも米軍が長く要請っしていた内容であり、米軍のリバランスに大きく貢献する。
◆島嶼防衛や奪回を明記した協力
 「97年指針」においても、着上陸侵攻に対する協力の在り方は記されていたが、新指針では「島嶼に対するものを含む陸上攻撃を阻止し排除するための作戦」「島嶼を奪回するための作戦」と島嶼を強調して明記した。自衛隊が主となる作戦であるが、米軍の支援が行われる。新指針には尖閣の名はないが、同時発表の日米共同声明に「尖閣諸島は日本の施政の下にある領域」と書いた。
◆3か国あるいは多国間協力
 国連PKOなど日米が独自に参加する場面における協力に関しては「97年指針」にも記されていたが、新指針では日米間の協力のみならず、米国以外のパートナーを含む軍事協力の分野が記載された。共同声明には「韓国及びオーストラリア並びに東南アジア諸国連合など」が例示されている。韓国とはミサイル防衛、オーストラリアとは南シナ海などを想定した広範な協力が考えられる。米軍はとりわけ日米豪の軍事協力の拡大が、リバランスに重要と考えている。
◆宇宙、サイバー空間などでの軍事協力
 米軍はこれら新しいドメインにおける協力を新指針の重要要素と主張してきた。
◆武器開発における協力
 新指針は軍事協力の中に武器の共同開発を含めた。協力分野の著しい拡大である。これを可能にした背景には、安倍政権の特定秘密保護法の制定、武器禁輸3原則から防衛装備移転原則への政策転換がある。米国はこれを経費削減と効率向上のため強く歓迎した。来日したワーク米国防副長官は米国のみならずオーストラリアとの協力を示唆した。最近、オーストラリアに対する潜水艦技術の供与が進んでいることが明らかになっている。

 論じてきたように、今回の日米防衛協力ガイドラインの改訂は米国と安倍政権の利害が一致する局面であった。しかし、米国の関心事は、弱体化している「唯一の軍事超大国」維持のための「グローバルな態勢」のリバランスであり、安倍政権のナショナリズムとの折り合いは基本的によくないと見るべきである。日本の私たちには、目の前の状況の悪化に対する抵抗と同時に、残された平和主義の空間から米国や世界の市民社会に働きかけ、米国とその帝国の変化を誘うような長期的なビジョンが求められている。

(『世界』、2015年7月号に所収)

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