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2011年4月21日 (木)

「福島事故ヒストリアン」を任命せよ(「軍縮研究」第2号巻頭言)

 「昨日までと、世界はまったく違って見えた。」
 これは事故の翌日、一夜にして5000人~10,000人の命を奪った1984年のボパール(インド)化学事故を記録した著名なジャーナリストの言葉である。

 3月11日に東北を襲ったM9の地震と巨大津波と福島原発事故の連鎖のまえに、本誌の読者の多くもまた、以前とはまったく違った世界の前に立っていると感じたのではないだろうか。

 まずは、被災で苦しむ人々や厳しい条件下で今も復旧や事故対処のために闘っている人たちに、お悔やみとお見舞いと激励と連帯の気持ちを表明したい。

 とりわけ本誌の多くの読者にとって、福島第一原発事故は極めて深刻な関心事であろう。発生から1カ月経った現在においても、炉心の状況について確たる情報は得られていない。したがって、事故終息へのシナリオを描けないまま続けなければならない応急対応の継続の中で、新たな大災害が発生するという可能性を誰も否定できない。海洋や土壌汚染の期限の見えない長期化も 深刻である。

 私は横浜市に住んでいるが、事故の数日後から大気中放射線のモニタリングポストの自動記録に目を通すようになった。米原子力艦寄港地である横須賀、佐世保、沖縄ホワイトビーチには、国と自治体が運営するそのようなウェブサイトがある。それとは別に、神奈川県には核燃料製造会社(横須賀市)と東芝の小型研究炉(川崎市)の周辺に、降雤量と空中放射能の測定値を並記するモニタリングポストの自動記録サイトがある。前者は最新の3日間、後者は最新の1か月の連続グラフを見ることが出来るので素人にも分かり易い。このような客観的情報が自由に得られることは、市民社会にある種の安定感を与えるものであり、市民が主体的に考え、行動することを可能にする社会を構成するのに不可欠な条件の一つである。

 いくつかの注目すべき放射性核種を各地で継続記録(測定の難易があるので間隔が開いても構わない)し、公表するサイトがないのは、逆に市民の不信感を募らせている。幸い、CTBTO(包括的核実験禁止条約<暫定>機構)には、認可されて現在稼働中の放射性核種モニタリングポスト・研究所が世界に70カ所(計画は96カ所)ある。それらのデータは自動的にCTBTOに送られるが、CTBTOで処理されたデータの利用は署名国と限られた研究所にしか提供されず、その利用法は受け手に任せられている。日本で稼働している高崎ポストのデータを核軍縮・不拡 散センターが逐次公表しているのは、せめてもの救いである。

 私が情報公開の重要さを強調するのには理由がある。福島事態が何らかの終息をみたとき、事故の経過、対処の経過、遡って原子力安全保安行政、認可行政の経過など原子力行政の全てが、改めて徹底検証されなければならないであろう。現在の世界的な関心の強さをみるとき、そうすることが国際的義務ともなるであろう。そのときに、国際的市民社会において、どれだけ情報公開への信頼性を確保できるかが、日本の民主主義の信頼性の試金石になると考えるからである。

 今からでも遅くはない。政府は十分な防護体制をとって現場入りのできる、権限をもった尐なくとも10人の「福島事故ヒストリアン」を早急に任命すべきであると私は考える。ヒストリアンは、福島原発とその周辺における刻々の見聞を記録するとともに、現場で発生する文書を保存することを仕事とする。現場作業員の手書きのメモを捨てさせない、さまざまな場所で無秩序に行わざるを得ない諸計測データを逸散させない、などの膨大な仕事は、それに専念する相当数の人員無しには実行できない。

 事故の戦場とも言える現場にそのような人材を投入する余裕はない、と考えるかも知れないが、そうではない。そのような戦場であればこそヒストリアンが必要なのである。行政はそのような取り組みによって、他では得難い信頼を確保することができる。(2011年4月8日記)(「軍縮研究」第2号、巻頭言)

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