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2010年8月16日 (月)

核廃絶への努力―歴史と現状

§核兵器と核態勢の現状
 冷戦終結後20年が経過する現在も、地球上には推定約23,000発余の核弾頭が存在する。筆者の試算では赤ん坊も老人も含めて、全人類を7回殺すことのできる爆発威力をもっている。
 核兵器を保有する国家は9か国と数えられるが、次の3種類に分類できる。
1.核不拡散条約(NPT)上の核兵器国 5か国(米、ロ、仏、英、中)
2.NPTに加盟していない事実上の核保有国 3か国(印、パ、イスラエル)
3.核兵器保有主張国 1か国(朝鮮民主主義人民共和国(DPRK、北朝鮮))
 最後の「核兵器保有主張国」とは、北朝鮮は2回の核実験を行っているが、核爆発装置の兵器化についての確証がないこと、核保有国としての国際地位を要求する北朝鮮の要求を容認しないという国際社会の大部分の意向があること、の2点から名付けられた呼び名である。
 NPT条約上の5つの核兵器国は国連安保理常任理事国でもある。全弾頭数の96%は米国とロシアが保有している。
 問題なのは、未だにこれほど多量の核弾頭が地球上に存在していることだけではない。核兵器を今も臨戦態勢に置いているという愚かしい現実がある。米国とロシアは現在も両国を合わせて2000発以上の核弾頭を警報即発射(Launch on Warning=LOW)と呼ばれる高度な警戒態勢に置いている。この態勢においては、米国場合、核ミサイルが米国に向かっていると判断されるという警報を得てから8~12分の間に大統領は決断し、核のボタンを押さなければならない。(注:5月に開催されたNPT再検討会議において、この態勢の解除ないし緩和が要求されたが、米ロは合意しなかった。)
 では一体核兵器は何のためにあるのか。
 全ての核保有国は、核兵器保有の目的を他国の侵略や強要などの「脅威」を「抑止」するためとしている。5核兵器国のうち中国のみが「脅威」を「核攻撃の脅威」に限定することを明言している。「抑止」という概念は、その中味を検討すると「神学論争」と言われるほど、出口のない不毛な概念であるが、しかし、はっきりしていることは、核兵器の使用を前提とし、即使用態勢の維持なしには核抑止論は成立しないことである。そこから、上述したLOWの維持が帰結されるし、事故による核発射という危険も付きまとう。

§「単一目的」と「先行不使用」
 核兵器使用政策に関しては、いくつかの宣言的政策が論争の対象となっている。日本で政権交代があったのち、岡田外務大臣が、「単一目的(sole purpose)」政策、「先行不使用(no-first-use)」政策、「消極的安全保証(negative security assurance)」などに言及し、それらに関して米国と積極的に話し合うことを打ち出した。
 「単一目的」政策というのは、核抑止の目的は、核攻撃に対する抑止に限定する、つまり生物兵器、化学兵器、圧倒的強大な通常戦力などに対抗するために核兵器を使わないという政策を意味する。「単一目的」を実行すれば自動的に「先行不使用」になる、つまり相手より先に核攻撃をすることはないという理屈になりそうだが、軍事的には両者に差が生じる。つまり、「単一目的」は宣言政策に終わる(つまり、軍事態勢の変更に直結させないで済ますことができる)概念として留まることが可能だが、「先行使用」という概念の場合は、その態勢をとるか否かが軍事態勢に直結する議論を生まざるを得ない性格をもっている。つまり、軍事的な側面においては「先行使用」は宣言政策として放置できないという議論の経過がある。そして、「先行不使用」政策を採択したとき、それを検証しようとすると、相当に立ち入った検証体制の合意を追求しなければならない。そのような意味で、より単純な「単一目的」という宣言政策によって、少しでも核兵器の役割を限定するという、半歩前進の選択肢に焦点が当たることの意義が生まれている。
また、一方で「no first use」という言葉は「second use、つまり報復使用は許される」という意味を言外に含まざるを得ない言葉である。被爆の実相を知り、「ノー・モア・ヒバクシャ」を原理として訴えてきた日本の核兵器廃絶運動としては、「先行不使用」という言葉は何としても避けたい言葉である。米国や欧州の運動が「先行不使用」を議論するのと、日本の運動とは置かれている歴史的文脈が異なることを強調したい。
 もちろん、「単一目的」も核抑止論を前提とし、単一といえども核兵器に役割があるという認識を基礎にしている。その意味で、中間的効用を厳しく吟味して、あくまでも早期に乗り越えるべき概念として位置づけるべきである。
 核保有国の他に、核保有はしないが自国の安全保障を核保有国の「拡大抑止(extended deterrence)」(いわゆる「核の傘」)に依存している国が存在している。このような国の存在が、現在の核保有国の核保有を合理化する重要な理由となっている。被爆国でありながら、日本もそのような核兵器依存国の一つである。米国はNATO諸国、日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国への防衛義務を、核兵器保有とその量を決める重要な要素であると公言している。
 その意味では、日本の「核の傘」依存政策と「核軍縮の先頭に立つ」政策は明らかに矛盾している。

§NPT再検討プロセス
 核軍縮の過程は、主要には、国連を中心とする多国間プロセスと米ロ(ソ)2国間プロセスにおいて進行した。同時にユニラテラルと呼ばれる各国の自主的な核兵器削減のプロセスもあり、イギリスやフランスで進行した。
 1946年の第1回国連総会における決議第1号が核兵器の廃棄に関する委員会の設置を定めたことに象徴されるように、核軍縮は国連の一貫した議題であった。国連を中心とする多国間の核軍縮努力を恒常的に担っているものには、毎年の国連総会第1委員会、毎年3会期に分けて開催されるジュネーブ軍縮会議(CD)、1970年に発効したNPTが定めている5年毎の再検討会議がある。
 なかでもNPT再検討会議は、核兵器国に核軍縮義務を課している(第6条)現存する唯一の国際条約であり、核軍縮のための主要な舞台となっている。1995年に開かれた再検討・延長会議を契機に再検討プロセスは強化され、5年毎の再検討会議に先立つ3年間に、準備委員会を開催することになった。その結果、5年に1年を除いて毎年NPT会議が開催されている。
 1998年に発足した国家グループである新アジェンダ連合(現在、アイルランド、スウェーデン、メキシコ、ブラジル、ニュージーランド、エジプト、南アフリカの7か国)の働きもあって、2000年再検討会議は一定の前進を勝ちとった。しかし、差別性を含む核兵器に対する法的規範の弱さ、第6条義務の抽象性、全会一致の運営体制などが原因となって、核軍縮努力におけるNPTの限界も明らかになっている。
 NPTの大きな弱点は、5つの核兵器国に対して第6条によって核軍備撤廃のための条約交渉の義務を負わせているものの、あるいは、そのようにして核兵器国を巻き込んだ条約であるが故に、核兵器そのものの非人道性を条約の規範的根拠としてまったく取り入れていないことである。NPT体制の弱点と克服の課題はまさにこの点にある。
 2009年にオバマ政権が誕生したことによって、5月に開催される2010年NPT再検討会議への期待は大きい。以下に述べるようなさまざまな新しい状況を考えると、それは確かに極めて重要な歴史的位置を占める会議である。

§フーバー計画以後の新機軸
 2006年10月にスタンフォード大学フーバー研究所で開催されたレイキャビク・サミット20周年シンポジウムが、オバマ政権のプラハ演説も含む、今日までの流れを作る重要な出発点となった。レイキャビク・サミットとは1986年10月にアイスランドの首都レイキャビクで行われたレーガン・ゴルバチョフ間の米ソ首脳会議である。ここで両首脳は「核戦争に勝者はいない」こと「地球上から核兵器をなくする」ことに合意した。この合意はレーガンの戦略防衛構想(SDI)が障害となって発展しなかったが、今日の政治状況でレイキャビク精神を生かそうというのが、フーバー計画の狙いであった。
 シンポジウムから「核兵器のない世界へ」という米国の超党派の4人の元高官(シュルツ、ペリー、キッシンジャー、ナン)の『ウォールストリート・ジャーナル』紙への投稿が生まれ(2007年、2008年の1月)、それへの支持が世界的に広がった。これを背景に2008年の米大統領選挙が戦われ、勝利したオバマ大統領は今では広く知られるプラハ演説(2009年4月)を行って、「核兵器のない世界」実現のビジョンを語った。2009年9月には自ら議長を務めて、核軍縮・不拡散をテーマとする国連安保理を開催し、決議1887を勝ちとった。この新しい流れの基調には「核兵器を用いたテロ攻撃さえ予想される現在、核抑止論の有効性はますます減っている。核拡散防止には核兵器全廃ビジョンを行動によって示すことが不可欠だ」という、元4人の高官が提出した考え方がある。
 しかし、一連の流れは、オバマ・ビジョンへの支持の世界的な広がりとは裏腹に、実質を伴う政策の具体性に極めて乏しいものであることを指摘せざるをえない。
 具体的政策展開の困難さは、オバマ大統領のプラハ演説にも明確に予見されていた。プラハ演説の「米国は核兵器が在る限り強力な抑止力を維持する」という一節は、米国内や同盟国内に存在する核抑止力への抜きがたい依存体質を表現していたし、「イランの脅威が続く限り、費用対効果にすぐれかつ有効性が実証されたミサイル防衛システムに向かって進む」という一節は、ロシアの強い抵抗を知りつつもミサイル防衛への政策の継続性を訴えザルを得ない国内外の事情を物語っていた。
 核軍縮や対ロ政策に関する部分について、オバマ政権のより具体的な政策選択をわれわれはまだ知らない。ミサイル防衛に関しては、2月1日に発表された「4年毎の国防見直し(QDR)」と「弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)」で政策が明らかになっているが、その内容は技術的手直しの域を出ないものであった。核軍縮に関しては、当初は昨秋に、次には昨年末までに、次には2月中に、そして現在では3月に発表されると予想されている米国の「核態勢の見直し(NPR)」報告書を待たなければならない。この内容を巡っては、軍縮推進派のオバマ大統領周辺とそれに反対する多数派との間に、米国内で激しい攻防があることが伝えられる。(注:NPRは4月6日に発表された。その内容は、外交的姿勢として「核兵器のない世界」への意思が繰り返し強調されてはいるが、軍事体制の変更に関係する現実的取り組みにおいては、予想以上に革新性の少ないものであった。とりわけ、戦略核兵器の3本柱の有用性を再確認し、長期にわたる3本柱の近代化と維持を政策として明記した内容には失望を禁じ得なかった。)

§今後の課題
 NPT再検討会議に向かって、米国のNPRとともに、◆米ロ間のSTART後継条約の行方、◆NATO戦略概念に関わるNATO諸国の動向、◆日本の新政権の取り組み、◆核兵器廃絶条約への同志国家と市民社会の協力、などが重要な鍵を握る。
 ここでは、まず日本の政策とドイツで現れた新しい動きについて触れておく。
 前述したように、岡田外務大臣は米国のNPR作成過程に好影響を与えることを目的として、これまでの外務大臣がしなかったような新しい動きをした。12月末にクリントン米国務長官とゲイツ国務長官に次のような内容の手紙を書いたのである。
 「現在貴国において進められている核態勢の見直しに関し、私の基本的な考え方を申し上げます。…
 我が国の一部メディアにおいて、本年5月に公表された「米議会戦略態勢委員会」報告書の作成過程の中で、我が国外交当局者が、貴国に核兵器を削減しないよう働きかけた、あるいは、より具体的に、貴国の核トマホークの退役に反対したり、貴国による地中貫通型小型核の保有を求めたりしたと報じられています。
 しかしながら、…もし、仮に述べたことがあったとすれば、それは核軍縮を目指す私の考えとは明らかに異なるものです。」
 このような外務大臣主導の対応は、官僚主導で行われてきた日本の核軍縮政策とは一線を画す動きとして評価すべきものであろう。前述したように、同じ手紙で岡田外務大臣は「単一目的」と「消極的安全保証」について、次のように述べた。
 「日豪共同イニシャチブで設置された『核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)』が報告書を公表しました。その中には、…核兵器の目的を核兵器使用の抑止にのみ限定すべきこと、NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止すべきことなどの提案が含まれています。これらに関して、…私は強い関心を有しています。…今後日米両国政府間で議論を深めたいと考えています。」
 ドイツでは、2009年秋に第2次メルケル連立政権が発足したが、その外相に就任したベスターベレ自由民主党党首は、ドイツ領土内に配備されている米核兵器の撤去を強く主張して、メルケル連立政権の政策協定の中にそれを盛り込んだ(2009年10月)。これはNATOにおける核分担政策の一部であり、ドイツだけでは決定できない課題であるが、NPT再検討会議や11月に向かって策定準備が進んでいるNATOの新「戦略概念」の議論に一石を投じたものとして注目される。
 最後にNGO側のNPT再検討会議に臨む姿勢を述べておきたい。
 具体的な「オバマ政策」に革新性は少ないが、「核兵器のない世界」のビジョンに世界的な勢いを生み出した「オバマ効果」を、NGOは最大限に生かしたいと考えている。そのために、5月の再検討会議はまたとない機会を我々に与えている。
 この機会において、多くのNGOが一致して自分たちに課している課題は、NPTを生かしながらも、それを超える核兵器禁止条約を生み出す必要性を、どれだけ多くの国に、どれだけ深い確信として生み出すことができるか、という課題である。伝統的な個別の諸課題(CTBT、カットオフ条約)を追求するだけではなくて、全ての個別的課題を包括的アプローチの中に位置づけて「核兵器ない世界」へのロードマップを明らかにする必要がある。「核兵器禁止条約」とはそのようなアプローチを象徴する条約であり、それをメインストリームに押し上げるのが、NGOの狙いである。幸い、潘基文国連事務総長が、2008年10月に核兵器禁止条約に言及しつつ核軍縮への5項目提案を行ったことが、我々に有力な手掛かりを与えている。核兵器禁止条約のメインストリーム化は、1か月の会議の期間だけではなくて、むしろ、それまでの準備期間にまず追求される。また、会議の結果を踏まえたその後の期間においてさらに追求される。
 このような努力を含めて、「核兵器のない世界」の実現には市民社会の力量が決定的に重要になって来るであろう。

 (注:2010年NPT再検討会議(5月3日~28日)は、5月28日に全会一致で最終文書を採択して終了した。2000年合意よりも一歩進んだ合意形成ができた点において、先ずは評価されるべきであろう。また、NPT合意文書の中に初めて「核兵器禁止条約」という文言が「留意」という弱い文脈ながら記述された点においても、一つの変化が刻印された。しかし、合意文書の初期の草案が、核兵器国の主張によって、時間枠が消去され、具体性が薄められ、言葉のグレードが下げられていった過程は、この会議の延長線上に「核兵器のない世界」を実現することの困難性を、多くのNGOに痛感させた。いま、市民社会のさまざまな場所で、今後の運動戦略についての議論が始まっている。なお、残念ながら、今回のNPT再検討会議において日本政府のリーダーシップを見ることはできなかった。

(「科学・社会・人間」113号所収。2007年7月15日)

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